Others tribal cats


「ねぇ父さま。新しい帽子が欲しいんだけど、買ってもいい?」
食後の家族の団欒の時間。お茶を飲みながら、ふと思い出してリディアは言った。
今使っている帽子は、去年の誕生日に父親が買ってくれた物だったが、さすがに一年近く使っているためだいぶ痛んできてしまった。
「あぁ、別に構わないよ」
「ありがとう」
父親ならばそう言ってくれることはわかっていたが、ほっとしてリディアは微笑む。
「帽子ぐらい、僕が買ってあげるのに」
不満そうに、エドガーが口を挟んでくる。
一体何の仕事をしているのかは知らないが、エドガーは不思議な程には金持ちだ。カールトン家だって、村の中では名士と呼ばれるだけあってそこそこに裕福な暮らしをしているけれど、表向きには居候のエドガーの方が、どうしてかお金持ちだ。何度となくリディアは尋ねたことがあるのだが、「魔法の財布があるから」と、エドガーに軽くかわされてしまった。
「別にいいわよ。父さまに買ってもらうから」
「たまには僕にねだってくれてもいいんだよ。帽子ぐらい好きなだけ買ってあげるから」
エドガーが言うと、本当に店中の帽子を買い占めそうだわとリディアは思う。
「けっこうです。一つあれば十分なんだから」
「もっと僕に甘えてくれてもいいのに」
拗ねるようにエドガーは呟く。十分甘えているつもりなのに、エドガーはそうは思わないのだろうか。
「明日、帽子屋さんに行ってくるわ」
「あぁ、そういえば、近い内に隊商が来るそうだよ」
「え、本当?」
父親の言葉に、リディアはぴんっと耳と尻尾を立たせながら声を弾ませた。
それなら、帽子はそっちで買いたい。
「へぇ、もうそんな時期か。また村が賑やかになるね」
エドガーも嬉しげに呟く。数ヶ月に一度やって来る隊商の訪れを、村人はだれもが楽しみにしているのだ。
五つか六つ、時には十程にもなる荷馬車で彼らはやって来る。珍しい食べ物や毛皮、布から洋服から装飾品、リディアが欲しいと思っている帽子から様々な薬まで、隊商は色々な物を売り歩いて生活している、他部族の猫達だった。
大きな町で手に入れた、珍しい品々を持ってくるため、隊商はいつでも村人に歓迎される。とくに、まだ獣消しができず、人間界に買い物に行けない子供達にはなおのこと歓迎された。隊商が持ってくる品は、村で見る物よりもずっと魅力的だったからだ。
それに、隊商が逗留する一週間ほどの間は、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。夜遅くまで村の広場には明かりが灯され、いつの間にか音楽も鳴り出せば、踊りだす人々で辺りは溢れ返る。
リディアはそうした賑やかな場所にはあまり出向かなかったが、そんな雰囲気を味わうだけでも十分楽しかった。
「早く隊商が来るといいわね。エドガーは楽しみでしょ?」
「君だって楽しみだろう?」
「ちがうわよ。また色んな女の子達から誘われるじゃない。一緒に踊りたいって」
女の子に愛想のいいエドガーは、誘われて断った試しなど無いのだ。夜な夜なまた色んな女の子の相手で忙しくなるんでしょうねと、リディアはため息をつく。
「別に、僕が踊りたいなんて言ったわけじゃないよ。それにリディアは、僕が誘って断るじゃないか」
「だって踊れないもの」
「教えてあげるよ。あぁでも、上手く踊れなくても僕はちっとも構わないよ。倒れてきた君を喜んで抱きとめてあげるから」
にやりと笑って言ったエドガーの言葉に、父親がむせた。
「父さま、大丈夫?」
「……あ、あぁ。平気だよ」
「気をつけて下さいね」
心配したように声をかけるエドガーは、まるで自分の所為だとは思っていないようだった。
エドガーに抱きしめられることなんてしょっちゅうだけど、それでも改めて言われると恥ずかしくて、絶対に今回だって踊らないんだからとリディアは心に決める。楽しげにエドガーを迎えに来る女の子達を見て、羨ましいと思わないわけではなかったが、恥をかくのはまっぴらごめんだ。女の子達に恨まれるのだって。
帽子を買ったら、後は大人しくしておこうとリディアは思う。
開け放した窓から聞こえてくる音楽に、耳をそっと傾けているぐらいが、リディアにはちょうどいいのだった。





隊商がやって来たのは、それから数日後のことだった。
真っ先に気づいたのは出掛けていたエドガーで、帰ってくると笑顔でリディアの手を引いた。
「ほら、リディア。帽子が欲しかったんだろう? ちょっと見に行こうよ」
「別に、何もそんな急がなくても……」
「いい物は早くしないと売れちゃうよ」
どうしてリディアの買い物なのに、エドガーの方が張り切っているのかはわからなかったが、隊商が来たとなれば気になってしまうのは確かだったから、リディアはそのままエドガーと一緒に家を出た。
たどり着いた広場は、もう人で溢れていた。昼間のこの時間は、男達は働きに出ている者がほとんどだったから、集まっているのは女性や子供達がほとんどだった。リディアと年の変わらない少女達もたくさんいて、きゃあきゃあと声を上げながら買い物を楽しんでいる。
賑やかな人の群れに、それだけでリディアは少し怖気づいてしまう。
一人だったら帰ってしまうところだ。けれど今はエドガーがいる。エドガーは人ごみなど気にした様子は微塵もなく、リディアの手を引いたまま、器用に人の波をかきわけて進んでいく。
「エドガー、あなたも買い物? ねぇ、このブローチ、どっちが似合うと思う?」
「青い方かな。君の瞳とお揃いで、美しさが際立つよ」
エドガーの気を引こうと話しかける少女と、慣れた様子で言葉を返すエドガー。いつもこんな会話ばっかりしてるのかしらと、呆れた気持ちでリディアはそのやり取りを見つめていた。
それから二言三言会話を交わしてから、エドガーはにこやかな笑顔でまた歩き出す。見事なものだわとリディアは感心する。
この調子で、村中の女の子を口説いているのだろう。全くどうしようもない人だ。
「ほら、リディア。たくさん帽子があるよ。やっぱり村で売ってるのよりもずっとセンスがいいよね。この村の帽子屋も少しは見習えばいいのに」
「ちょっとエドガー、失礼よ」
「だって事実だろう」
事実だからって、何でもかんでも言っていいわけではないと思う。
端整な容姿をして、どうして性格がいまいちなのだろうとリディアはため息をつく。ほらほら、とエドガーに声をかけられて顔を上げる。
でも確かに、エドガーの言うことも一理ある。若い女の子達が憧れるような帽子がたくさん並んでいる。繊細なレースをふんだんにあしらった帽子は、見ているだけで頬が緩む程だ。
もっとも、そんなオシャレな帽子は、こんな田舎の村では浮いてしまう。けれどどうしたって憧れずにはいられないから、普段使い用の質素な帽子よりも、どうしたってレースがたくさん使われた華やかな帽子に目が行ってしまう。
あんな帽子が似合うような、可愛い女の子になれたらいいのに。
「これなんかどうかな」
エドガーが、見つけた一つの帽子を手に取った。
模様のキレイなレースの他に、可愛らしいピンクの薔薇の花飾りが付いている。かわいい、と思わずリディアは呟いていた。
「うん、似合うと思うな」
リディアに頭にそっとかぶせて、エドガーは満足気に頷く。
「これ、いくらなの?」
父親から少しお小遣いはもらってきたが、こんな繊細なレースを見ると、とても予算内ではないような気がして不安になる。
「気にしなくていいよ。プレゼントするから」
「いいわよ、そんなの。自分で買うつもりで来たんだから」
慌ててリディアが帽子を外しながらそう言うと、エドガーは困ったように苦笑した。
「他の女の子は、プレゼントするって言えば、皆喜ぶものなんだけどな」
そうならないリディアに、少しがっかりしているような口調だった。
何となく、胸が痛くなる。
だって、いつもいつも、エドガーには買ってもらうばっかりで、人間界に行く度に忘れずにお土産だって買ってきてくれるものだから、悪いと思ってしまったのだ。
リディアがエドガーにしてあげられることなんて、せいぜいクッキーを焼いてあげることぐらいなのに。
「エドガー! あなたも来てたの?」
明るい声が、二人の間に割り込んできた。
艶やかな金髪を、くるくると巻いた可愛らしい少女だ。名前はメアリーだったかマリアだったか。リディアはほとんど口をきいたこともない相手だ。
「やあ、メアリー」
「買い物に来るのなら、私を誘ってって言ったじゃない」
どうやらメアリーだったらしい。こんな田舎の村の中で、メアリーは珍しい程に華やかな服装をしている。一人娘を溺愛している両親が、せっせと服を買い与えているという話は聞いたことがあったが、それも本当だったのかとリディアは納得する。自分の着ている洋服が、とたんに色あせて見えた。
「今度誘おうと思ってたんだよ。今日はリディアと一緒だったから」
「……あら」
メアリーの視線がリディアに向けられる。まるでたった今リディアの存在に気づいたとでも言いたげな、不躾な視線だった。
「ずるいわ。私が先に約束してたのに。どうしてあなたがエドガーと一緒にいるの?」
そんなことを言われても。
「え、あたしは」
「僕が誘ったんだよ。無理を言って」
横からエドガーがすかさずフォローをしてくれたが、それは火に油を注ぐだけだったような気がする。
「いいわね。一緒に暮らしてるってだけで、もれなく特別扱いしてもらえるんだもの」
敵意のこもった視線に、どうすればいいのかわからなくなる。
エドガーは一体、この子のどこが好きなの?
ものすごく性格が悪いじゃない。思わずエドガーの趣味を疑ってしまう。どうせなら、もっと性格のいい子と仲良くなればいいのに。女の子ならだれでもいいのだろうか。
リディアが何も言い返さないことに、勝ったと思ったのか、メアリーは甘えた様子でエドガーの腕に抱きついた。
「ねぇ、エドガー。今夜は私と踊ってくれるでしょう?」
「いや、それなんだけど」
少し困ったように微笑みながら、エドガーはリディアに目を向ける。その視線に気づいたメアリーは、むっとしたように眉を寄せてから、また慌てて可愛らしい笑顔を作る。
「あら、だって。その子はどうせ踊りになんて来ないでしょう? 今までだって一度も来てないじゃない」
明らかに邪魔者だと言われて、さすがのリディアもむっとした。
どうしてそこまで言われなくちゃいけないわけ?
エドガーのことが好きなら、いくらでも二人で買い物でもダンスでもしていればいい。そこにリディアを巻き込まないで欲しい。
「えぇ。あたしは行きませんから。どうぞごゆっくり」
持っていた帽子をエドガーに押し付けて、リディアは踵を返した。
「リディア!」
エドガーの声が聞こえたが、振り返らずに、リディアは人ごみの中に飛び込んだ。
せっかく可愛い帽子が見つかったのに。楽しかった気分もめちゃくちゃだ。エドガーのバカ、と小さく呟く。他にもっと可愛い女の子なんていっぱいいるのに、どうしてよりによってあんな子と親しくなるのだろう。
今日からきっと、エドガーは村中の女の子達から引っ張りだこだ。
エドガーの分の夕飯なんて作ってあげないんだからと、リディアは本気になってそう考えた。
***

エドガーは村の中じゃハーレム状態なんじゃないのかな、とか。
一応リディアには見つからないところでいちゃいちゃしてます。
子供っぽい焼餅焼いてるリディアは可愛いなぁという話。

(08.8.3)