方程式
「男女の仲の方程式、って知ってるかい?」
窓から差し込む夕日が、金髪によく映えている。細い金糸を透かし、きらきらと目に眩しい。リディアは目を細めた。
「ねぇリディア。君は聞いたことがある?」
「……それが、今やっている英語と何か関係があるんですか?」
風邪で休んでいた時の補習だと、そう聞かされていたのに。
教科書の英文を数行読まされたと思ったら、目の前の教師が言った台詞はそれだった。
艶のある金髪に扇情的な灰紫の瞳。このロンドン帰りのこの英語教師が、女生徒から絶大な人気を誇っていることは知っている。
確かに、目の保養になる容姿だとは思う。人当たりが良くて、授業はわかりやすくて面白い。おおよそ欠点なんてものからは無縁なようでいて、けれどリディアはこの教師に、いつも引っかかりを覚えずにはいられなかった。
例えば、補習の最中にこんなことを言い出すのだって。
これが他の女生徒であれば、喜んで雑談に乗るのかもしれない。けれどリディアにそんなことはできない。女生徒に対してはだれにでもそうとは知りながらも、教師から馴れ馴れしく名前で呼ばれるのにも、違和感を感じずにはいられない。
「先生、ここの文章なんですけど、この不定詞が」
「若い内の時間はあっという間に過ぎてしまうよ。それをただ勉学だけに費やすのはとてももったいないことだと思うな」
何て教師らしかぬその台詞。
そんなことを気軽に口にしてしまえる辺りが、生徒達の心をつかんでいる要因なのかもしれない。けれどリディアには、ますます不審に見えるだけだ。
からかっているだけなのだとは思うが、それにしたって、自分のような目立たない―――いや、ある意味では目立っているかもしれない―――生徒にまでちょっかいをかけなくてもいいだろうに。とりまきとも呼べる女生徒はたくさんいて、いつだって囲まれているような人なのだから。
「……先生は」
「エドガーでいいよ。二人きりだから」
そんな台詞を、一体何人の女生徒に囁いているのか。それとも、懐かないリディアをからかっているだけなのか。
「先生は、大学をスキップされたんですよね?」
先生、というところを強調して言えば、隣の椅子に腰掛頬杖をついた英語教師は、悲しそうに肩をすくめた。
「君はまったく頑固というか……まぁそうだね、質問に答えるのなら、僕は確かに大学をスキップしたよ。だから君ともそう年は離れていない。気になった?」
悲しそうな顔はすぐに消え去り、にやりと微笑みながら楽しそうにそう問いかけてくる。自意識過剰にも程がある、とリディアは眉を寄せる。
「先生の方が、若い時間を勉強に費やしてたんじゃないですか?」
「それは違うよ。退屈な勉強の時間は早く終わらせたかっただけさ。多少大変ではあったけど、でもがんばった甲斐はあったな。赴任した高校に、君のような可愛い子がいるだなんて思いもしなかった」
この英語教師の口から出てくる褒め言葉は、女性を前にすれば自動的に出てくるものだとリディアにはもうよくわかっている。
けれどそれでも、家族以外に褒められたことなどないリディアだったから、バカだと思っても頬は少し赤くなってしまう。
軽薄な教師だと思いながら、それでも可愛いと言われるのは嬉しいだなんて。これでは、一体どちらが軽薄なのかわからない。
「せ、先生は、他にもっと可愛い女子からも好かれてるでしょう?」
「嬉しいな。妬いてくれるの?」
「ちがっ……あぁだから、今日は補習なんでしょうっ?」
照れ隠しに口を動かしたら、ますます墓穴を掘ってしまって、リディアは自分の台詞を後悔した。
くすっと小さく笑いながら、灰紫の瞳はリディアから離れない。思えば、こうしてこの教師とじっくり顔を合わせたのはこれが初めてだった。
見つめられるのが恥ずかしくて、視線を逸らす。そんなリディアの気持ちをわかってくれたのか、彼も視線をそらしてくれた。窓の外の夕日を眺める、その姿はまるで一枚の絵画のようで。
黙っていれば素直にカッコイイと思えるのに、と、悔し紛れに心の中で呟く。
「……補習してくれる気、実は無いでしょう?」
「あれ、ばれた?」
悪びれもなくあっさりとそう言う教師に、まったく、と肩をすくめる。
怒って、鞄をつかんで教室を飛び出ることは簡単だったが、どうしてかそうはしなかった。そんな自分自身を不思議に思いながら、まぁこの教師に付き合って放課後を潰すのも悪くないかもと思う。
いつもと違うことをするのも、悪くない。
「じゃあどうして、補習をするなんて言ったんですか。始めからやらなきゃいいのに」
「それはね、他の教師の手前」
「…………」
「っていうのは嘘で」
あっさり嘘をつく辺り、信用にかける人だとは思うが、そんな場面すらも魅力的に演出することができるのは、ただこの容姿の力だけとは思えない。
「二人きりになりたかったんだ。一度、君とゆっくり話がしたいなと思って」
「……あたしが、変わり者だからですか?」
妖精が見えると、もうこの年になった今では公言してはいない。
けれど数年前までは、それがおかしなことだとは知らなかったから、平気で口にしてしまえた。人前でも気にせず、妖精たちと会話をしてしまった。
幼稚舎からエスカレーター式の女学校だというのも、また悪かったのかもしれない。幼稚舎、小学校と友達を作り損ねてしまって、ここまでそのままきてしまった。おかげで人付き合いは苦手になって、もうそれならこのまま卒業してしまおうと、リディアは半ば諦めている。
そんな変わり者に、ただ興味を持っただけなのかと思った。
「君は知らないだろうけど、僕は実は爵位を持っててね」
「は……? しゃく、い……?」
「そう。実は伯爵なんだ」
「はく、しゃく……」
―――高校教師が、伯爵?
「と言っても、人が月に行けるこの時代、まさか社交界なんてもので世の中渡り歩いていけはしないからね。まぁそれでも、食うに困らないぐらいの貯えはあるけど、ただ何もせずに一生を終えるのはつまらない。だから教師なんてものになってみたんだけど」
そこで、よりによってどうして教師を選んだのだろう。呆然としながら、リディアは目の前の教師を―――いや、伯爵を?―――眺めた。
「昔から、我が伯爵家は妖精界に領地を持つと言われてるんだよ」
「妖精界……え、本当に?」
「さあ。僕は生憎と妖精を見たことはないし、妖精界に行ったこともないからわからないけど。でも、昔の人々がそれを信じていたのは本当だ。そして、人々が信じていたからには、本当にそうなのかもしれない。そうだったらいいなとは思うよ。ロマンがあるからね」
からかわれていると思うには、それはあまりに壮大な話だった。だから思わずリディアは信じてしまった。そうだったらいいと、本当にリディアも思ったからなのかもしれない。
「だから僕は、べつに君のことをおかしいとは思わない。僕の目にうつるのは、神秘的な瞳をした、一人の魅力的な少女だよ」
「……先生が言うとうそ臭く聞こえるわ」
可愛いという台詞はまだほんの少しなら信じられても、神秘的とか魅力的とか、そんな言葉は大げさすぎる。
でも、それでも、今の話は信じてしまえる。改めて、リディアは英語教師を―――エドガーを見た。
「先生は、もし妖精界に行けたら行ってみたいと思う? 自分の本当の領地があるかもしれないわ」
「どんなところかわからないから、何とも言えないけど……行けたら一度ぐらいは言ってみたいね。もっとも、僕が妖精たちに認められるかどうかはわからないけど」
「先生なら大丈夫よ」
妖精たちは気まぐれだが、人々をこれだけ魅了するエドガーのことだ、きっと妖精たちにも上手く取り入るに違いないと思った。
「君に言われると安心するな」
「そ、そう?」
「もし行けるとしたら、リディアも一緒に来てくれる?」
「え」
何であなたと。
「今すぐには無理だろうな。僕には妖精を見ることができないから。でも、本当に一度は行ってみたいんだ。僕の先祖ができたことなら、僕にできないはずはない。そうだろう?」
「そ、それはそうね……」
「だからその時には、君にも着いてきてもらいたい」
妖精の話は信じるけど、どうしてそこからそんな流れになるのだろう。甘い言葉を囁かれると、とたんに信じられなくなってしまう。
ちょうどその時、チャイムの音が聞こえた。リディアは立ち上がると、教科書とノートをそのままに、鞄だけを掴んだ。
「あたし、もう帰ります。暗くなっちゃうもの」
「送ってあげるよ。車で来てるから」
「い、いいわよ。先生に送ってもらったりしたら、先生の取り巻きに何言われるかわからないもの」
本心はそうではなかったけれど、リディアはそういうことにしておいた。何だかこのまま話し続けると、よくわからない方向に話が流れていってしまいそうだ。
「この話をしたのは、この学校では君だけだよ」
だから言わないでくれ、とエドガーは言った。もちろん言う気なんてないし、言えるような相手だっていない。
こくこく、と頷いて、暗くなった教室から早足に飛び出た。
よくわからない教師は、もっとよくわからない教師になったような気がする。
何だか無性に恥ずかしかった。嬉しいけれど、エドガーとの会話を思い出して、自分でも不思議なほどに頬が熱くなる。
だれかと一緒に、妖精界へ行くことができたら。目にすることができたら。それはどれだけ素敵なことだろう。
相手があの英語教師だということは、この際気にしないことにした。
早く忘れようと、廊下を走りながら思う。けれど同時に、絶対にこの日のことを忘れられない自分を、リディアは理解せずにはいられなかった。
「―――逃げられれば逃げられるだけ、男は追いたくなるんだよ」
英語教師は、一人教室で、呟きもらす。
窓から差し込む夕日が、金髪によく映えている。細い金糸を透かし、きらきらと目に眩しい。リディアは目を細めた。
「ねぇリディア。君は聞いたことがある?」
「……それが、今やっている英語と何か関係があるんですか?」
風邪で休んでいた時の補習だと、そう聞かされていたのに。
教科書の英文を数行読まされたと思ったら、目の前の教師が言った台詞はそれだった。
艶のある金髪に扇情的な灰紫の瞳。このロンドン帰りのこの英語教師が、女生徒から絶大な人気を誇っていることは知っている。
確かに、目の保養になる容姿だとは思う。人当たりが良くて、授業はわかりやすくて面白い。おおよそ欠点なんてものからは無縁なようでいて、けれどリディアはこの教師に、いつも引っかかりを覚えずにはいられなかった。
例えば、補習の最中にこんなことを言い出すのだって。
これが他の女生徒であれば、喜んで雑談に乗るのかもしれない。けれどリディアにそんなことはできない。女生徒に対してはだれにでもそうとは知りながらも、教師から馴れ馴れしく名前で呼ばれるのにも、違和感を感じずにはいられない。
「先生、ここの文章なんですけど、この不定詞が」
「若い内の時間はあっという間に過ぎてしまうよ。それをただ勉学だけに費やすのはとてももったいないことだと思うな」
何て教師らしかぬその台詞。
そんなことを気軽に口にしてしまえる辺りが、生徒達の心をつかんでいる要因なのかもしれない。けれどリディアには、ますます不審に見えるだけだ。
からかっているだけなのだとは思うが、それにしたって、自分のような目立たない―――いや、ある意味では目立っているかもしれない―――生徒にまでちょっかいをかけなくてもいいだろうに。とりまきとも呼べる女生徒はたくさんいて、いつだって囲まれているような人なのだから。
「……先生は」
「エドガーでいいよ。二人きりだから」
そんな台詞を、一体何人の女生徒に囁いているのか。それとも、懐かないリディアをからかっているだけなのか。
「先生は、大学をスキップされたんですよね?」
先生、というところを強調して言えば、隣の椅子に腰掛頬杖をついた英語教師は、悲しそうに肩をすくめた。
「君はまったく頑固というか……まぁそうだね、質問に答えるのなら、僕は確かに大学をスキップしたよ。だから君ともそう年は離れていない。気になった?」
悲しそうな顔はすぐに消え去り、にやりと微笑みながら楽しそうにそう問いかけてくる。自意識過剰にも程がある、とリディアは眉を寄せる。
「先生の方が、若い時間を勉強に費やしてたんじゃないですか?」
「それは違うよ。退屈な勉強の時間は早く終わらせたかっただけさ。多少大変ではあったけど、でもがんばった甲斐はあったな。赴任した高校に、君のような可愛い子がいるだなんて思いもしなかった」
この英語教師の口から出てくる褒め言葉は、女性を前にすれば自動的に出てくるものだとリディアにはもうよくわかっている。
けれどそれでも、家族以外に褒められたことなどないリディアだったから、バカだと思っても頬は少し赤くなってしまう。
軽薄な教師だと思いながら、それでも可愛いと言われるのは嬉しいだなんて。これでは、一体どちらが軽薄なのかわからない。
「せ、先生は、他にもっと可愛い女子からも好かれてるでしょう?」
「嬉しいな。妬いてくれるの?」
「ちがっ……あぁだから、今日は補習なんでしょうっ?」
照れ隠しに口を動かしたら、ますます墓穴を掘ってしまって、リディアは自分の台詞を後悔した。
くすっと小さく笑いながら、灰紫の瞳はリディアから離れない。思えば、こうしてこの教師とじっくり顔を合わせたのはこれが初めてだった。
見つめられるのが恥ずかしくて、視線を逸らす。そんなリディアの気持ちをわかってくれたのか、彼も視線をそらしてくれた。窓の外の夕日を眺める、その姿はまるで一枚の絵画のようで。
黙っていれば素直にカッコイイと思えるのに、と、悔し紛れに心の中で呟く。
「……補習してくれる気、実は無いでしょう?」
「あれ、ばれた?」
悪びれもなくあっさりとそう言う教師に、まったく、と肩をすくめる。
怒って、鞄をつかんで教室を飛び出ることは簡単だったが、どうしてかそうはしなかった。そんな自分自身を不思議に思いながら、まぁこの教師に付き合って放課後を潰すのも悪くないかもと思う。
いつもと違うことをするのも、悪くない。
「じゃあどうして、補習をするなんて言ったんですか。始めからやらなきゃいいのに」
「それはね、他の教師の手前」
「…………」
「っていうのは嘘で」
あっさり嘘をつく辺り、信用にかける人だとは思うが、そんな場面すらも魅力的に演出することができるのは、ただこの容姿の力だけとは思えない。
「二人きりになりたかったんだ。一度、君とゆっくり話がしたいなと思って」
「……あたしが、変わり者だからですか?」
妖精が見えると、もうこの年になった今では公言してはいない。
けれど数年前までは、それがおかしなことだとは知らなかったから、平気で口にしてしまえた。人前でも気にせず、妖精たちと会話をしてしまった。
幼稚舎からエスカレーター式の女学校だというのも、また悪かったのかもしれない。幼稚舎、小学校と友達を作り損ねてしまって、ここまでそのままきてしまった。おかげで人付き合いは苦手になって、もうそれならこのまま卒業してしまおうと、リディアは半ば諦めている。
そんな変わり者に、ただ興味を持っただけなのかと思った。
「君は知らないだろうけど、僕は実は爵位を持っててね」
「は……? しゃく、い……?」
「そう。実は伯爵なんだ」
「はく、しゃく……」
―――高校教師が、伯爵?
「と言っても、人が月に行けるこの時代、まさか社交界なんてもので世の中渡り歩いていけはしないからね。まぁそれでも、食うに困らないぐらいの貯えはあるけど、ただ何もせずに一生を終えるのはつまらない。だから教師なんてものになってみたんだけど」
そこで、よりによってどうして教師を選んだのだろう。呆然としながら、リディアは目の前の教師を―――いや、伯爵を?―――眺めた。
「昔から、我が伯爵家は妖精界に領地を持つと言われてるんだよ」
「妖精界……え、本当に?」
「さあ。僕は生憎と妖精を見たことはないし、妖精界に行ったこともないからわからないけど。でも、昔の人々がそれを信じていたのは本当だ。そして、人々が信じていたからには、本当にそうなのかもしれない。そうだったらいいなとは思うよ。ロマンがあるからね」
からかわれていると思うには、それはあまりに壮大な話だった。だから思わずリディアは信じてしまった。そうだったらいいと、本当にリディアも思ったからなのかもしれない。
「だから僕は、べつに君のことをおかしいとは思わない。僕の目にうつるのは、神秘的な瞳をした、一人の魅力的な少女だよ」
「……先生が言うとうそ臭く聞こえるわ」
可愛いという台詞はまだほんの少しなら信じられても、神秘的とか魅力的とか、そんな言葉は大げさすぎる。
でも、それでも、今の話は信じてしまえる。改めて、リディアは英語教師を―――エドガーを見た。
「先生は、もし妖精界に行けたら行ってみたいと思う? 自分の本当の領地があるかもしれないわ」
「どんなところかわからないから、何とも言えないけど……行けたら一度ぐらいは言ってみたいね。もっとも、僕が妖精たちに認められるかどうかはわからないけど」
「先生なら大丈夫よ」
妖精たちは気まぐれだが、人々をこれだけ魅了するエドガーのことだ、きっと妖精たちにも上手く取り入るに違いないと思った。
「君に言われると安心するな」
「そ、そう?」
「もし行けるとしたら、リディアも一緒に来てくれる?」
「え」
何であなたと。
「今すぐには無理だろうな。僕には妖精を見ることができないから。でも、本当に一度は行ってみたいんだ。僕の先祖ができたことなら、僕にできないはずはない。そうだろう?」
「そ、それはそうね……」
「だからその時には、君にも着いてきてもらいたい」
妖精の話は信じるけど、どうしてそこからそんな流れになるのだろう。甘い言葉を囁かれると、とたんに信じられなくなってしまう。
ちょうどその時、チャイムの音が聞こえた。リディアは立ち上がると、教科書とノートをそのままに、鞄だけを掴んだ。
「あたし、もう帰ります。暗くなっちゃうもの」
「送ってあげるよ。車で来てるから」
「い、いいわよ。先生に送ってもらったりしたら、先生の取り巻きに何言われるかわからないもの」
本心はそうではなかったけれど、リディアはそういうことにしておいた。何だかこのまま話し続けると、よくわからない方向に話が流れていってしまいそうだ。
「この話をしたのは、この学校では君だけだよ」
だから言わないでくれ、とエドガーは言った。もちろん言う気なんてないし、言えるような相手だっていない。
こくこく、と頷いて、暗くなった教室から早足に飛び出た。
よくわからない教師は、もっとよくわからない教師になったような気がする。
何だか無性に恥ずかしかった。嬉しいけれど、エドガーとの会話を思い出して、自分でも不思議なほどに頬が熱くなる。
だれかと一緒に、妖精界へ行くことができたら。目にすることができたら。それはどれだけ素敵なことだろう。
相手があの英語教師だということは、この際気にしないことにした。
早く忘れようと、廊下を走りながら思う。けれど同時に、絶対にこの日のことを忘れられない自分を、リディアは理解せずにはいられなかった。
「―――逃げられれば逃げられるだけ、男は追いたくなるんだよ」
英語教師は、一人教室で、呟きもらす。
(07.2.26)