宝石のあしらわれたネックレスを渡されて、君にあげるよと言われても、心は何ら動かない。キレイだとは思っても、欲しいとは思わない。それほどの魅力は感じない。
そう素直に告げると、彼はひどくがっかりしたように、けれど同時に面白そうに微笑んだ。リディアのそんな反応に落胆しつつも、どこか楽しんでいるように見えた。
性格が悪いのだ。
そんなことを、助けられた身分で言うことではないけれど。
「父さま……」
今朝見た夢はあまりにリアル過ぎた。
涙は出ない。父のことを思い出して泣くのは、そろそろ止めなくてはいけない。いくら泣いても父が戻ってくるわけではないのだから。
リディアが泣いてばかりいることを、父は喜びはしないだろう。リディアが泣き出すと、父はいつも困ったような顔をした。天国に行ってまで、父にそんな顔をさせたくない。
「……大丈夫よ、父さま」
それは嘘だ。
まだ大丈夫ではない。目覚めた時には身体が震えていた。涙だって、もしかしたらこぼれていたかもしれない。
それでも、自分に言い聞かせるようにリディアは呟く。
「大丈夫。あたしは元気よ」
そうならなくてはいけない。
もう父に、これ以上の心配をかけないように。
勢いをつけてベッドから飛び出ると、リディアはうーんと伸びをした。寝るところも、食べるものも十分にある。あの日、町の人たちに殺されかかったことを考えれば、この上もなく恵まれた生活ではないか。
ゆいいつの気がかりは途中で逸れてしまったニコのことだが、それでも心配はしていない。ニコは妖精だ。姿を消すこともできるし、死ぬような目にはあっていないはずだ。もしかしたら、妖精界に逃げ込んだのかもしれない。待っていれば、その内リディアを見つけてくれるはずだ。
早くニコが来てくれればいい。取り出した、中では一番簡素な服に着替えながら、リディアはそう考える。
ここの食事は最高だ。きっとニコは喜ぶだろう。卵がとろとろのオムレツなんて、リディアはとても作れない。焼き立てのパンだって、ニコは大喜びで頬張るはずだ。
その姿を想像すれば、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「やあ。おはよう、リディア」
聞こえてきたその声に、リディアは驚いて飛び退った。
扉を開けた音なんて聞こえなかった。リディアが寝ぼけていたのだろうか。
「そんな、怪しい者を見るような顔をしなくてもいいんじゃないかな。召し使いが、いつもの時間を過ぎても君が起きないって心配していてね。それで様子を見に来ただけだよ。できれば君と一緒に朝食を食べたいと思ってね」
「……いつからいたの?」
「今さっきだよ。僕には黙って女性の部屋に入り込むような趣味はないからね」
とろけるような笑顔を浮かべていても、言葉の一つ一つはぐさりとリディアの胸に突き刺さる。
本当に、なんて性格の悪い。
けれど確かに、自分がしてしまったことの責任は感じているから、リディアは何も言い返すことはできない。そうしてエドガーも、それをわかっているのだろう。
「朝食、一緒に食べてくれるよね?」
嫌だと、声を大にして言うことができたらどれだけいいだろう。自信に満ちたその笑顔が、無性にリディアを苛立たせる。
けれど、リディアの返事は決まっている。
お世話になっている身で、とても彼には逆らえないというわけではない。感謝の念は、実のところあまり抱いてはいない。
感謝をしなければとは思っても。どうしても感情に枷がかかり、素直にありがたいと思うことができない。
「リディア、返事は?」
「―――はい」
「その返事が聞けて嬉しいよ」
満足げに頷くと、エドガーは踵を返して部屋を出て行った。穏やかな笑みを浮かべていても、彼はどこか恐ろしい空気をまとっている。あの宝剣を手にしていなくても、それは何ら変わらない。
吸血鬼が人間を恐れるなんて、おかしな話かもしれないけれど。リディアは吸血鬼としては半人前もいいところで、エドガーはといえば、恐らくは何人もの吸血鬼を殺してきた人なのだ。
そして、リディアはそんなエドガーに忠誠を誓った。
むざむざと殺されるよりかは、下僕になった方がまだマシだと思った。生かしてくれた父のためにもそうするべきだと。けれど今になって、その選択は本当に正しかったのかと思うようにもなった。
―――だれかの下僕になってしか生きられないだなんて、それほど吸血鬼というのは許されざる存在なのだろうか?
リディアにはわからない。リディアは母以外の、自分以外の吸血鬼を知らない。世の中には残忍は吸血鬼もいるのだろう。けれどそれなら、人間はどうなのだろう? 父を殺した、あの町の人々は、果たして残忍でないと言えるのだろうか?
いくら考えても、それらの問いに答えは出ない。
けれど、あの日、あの夜。眠っているエドガーの首筋に牙を突き立てて、思うままに血を啜った。
そんなことをしでかした自分は、残忍とまでは行かなくても、確かに許されざる存在なのかもしれなかった。