CANDY RAY


A5/表紙2C/42P/¥400
08年12月発行、09年4月完売
キラさんとの二人本。原作新婚設定で1話ずつ書きました。
キラさんの話はしっかり18禁。あぷりの話は温い16禁。



お月さまをはんぶんこ


 ぱちりと目が覚めてしまった。
 太陽が昇り始めて、少し経った頃だろうか。カーテンの隙間から漏れる光りは、まだベッドを抜け出す時刻ではないことを告げていた。
 寝返りを打てば、身体が何かにぶつかり、その瞬間リディアは小さく息を呑む。
 ニコはこんなに大きくない。
「……そうだったわ」
 寝ぼけていたのか、ふとした瞬間に、自分が結婚したことを忘れてしまう。もう自分はリディア・カールトンではないというのに。
 自分以外のだれかがベッドにいるという状況には、いまだに慣れない。エドガーが、隣で寝ているという状況には。
 シーツがかすかに上下する。
 まだエドガーは眠っているらしいとわかってほっとする。
 シーツから覗くむき出しの肩を見て、思わず頬を赤らめてしまうのは、眠る前の熱い一夜を思い出してしまうからだった。恥ずかしくて、エドガーの顔もまともに見れない。思い出して一人で顔を赤くする自分は、何て間が抜けていることだろう。
 わかっているけれど、どうにもできないのだ。
 エドガーと結婚してから、多少の時間が過ぎた。
 右も左もわからないような時期は過ぎたけれど、それでもまだまだ慣れたとは言い難い。パーティーやお茶会は、エドガーの助けもあって何とかこなしてはいたけれど、そうではない夫婦の時間というものに、まだリディアは慣れることができずにいる。
 例えば今のように。
 エドガーが隣で眠っていることさえうっかり忘れてしまうし、気づいた後はどうしようもなく恥ずかしくなる。お互いに、何も身に着けないまま眠っているのがいけないのだ。そうでなければ、もう少しは落ち着くことができるのに。
「……もう」
 寝直す気分にもなれなかった。
 しんと静まり返った部屋に響くのは、時計の針の音と、そうしてエドガーの寝息だけだった。
 そろそろと、リディアは顔を動かす。
 眠っていてさえ、こんなにも整った顔をしているだなんてずるいと思う。男の人なのに長い睫毛だとか。
 それでも、顎には髭が生えているのを見つけ、思わずリディアはくすっと笑みをもらしてしまった。
 結婚するまでは、エドガーのそんな姿は見る機会もなかった。そう思えば、そんな無精髭すら愛しく思える。手を伸ばして、顎を撫でれば、いつもとは違うざらざらと指に痛い感触だった。
「……面白い?」
 眠っているとばかり思っていたのに。
「起きてたの?」
「ついさっきね」
 エドガーは笑いながら目を開ける。印象的な灰紫の目に見つめられて、リディアはイタズラが見つかった子供のような気持ちになった。
「……ごめんなさい。あの、起こしちゃった?」
「ちょっとくすぐったかったかな。僕の顎がそんなに気になった?」
 言いながら、エドガーは両手をリディアの背中に回す。裸の胸に抱き寄せられて、リディアは頬を赤くした。けれど今更そんなことで照れているなんて知られる方が恥ずかしかったから、シーツをぎゅっと握りながら、何でもない様子を装った。どうせエドガーにはばれているのだろうけど。
「もしかして、キスをしてくれるつもりだった? それなら寝たふりをしていれば良かったな」
 リディアがそんなことをするわけがないと知りながら、エドガーはからかうように言う。
「もう、ちがうわよ。お髭が生えてるのねって思っただけよ」
「髭?」
 その答えは、エドガーにとっても予想外だったようだ。
 片手で自分の頬をさすりながら、「あぁ」とエドガーは声をもらす。
「今までちゃんと見たことがなかったから」
 どうしてそんなことを気にするのかと、思われているようで恥ずかしくて、つい言い訳めいた声音になってしまった。
「そうかもね。いつも僕の方が先に起きて身支度を終えてたし……リディアはいつも、気持ち良さそうに眠ってたから。僕がちょっと物音を立てても起きないぐらいだしね」
「悪かったわね。朝に弱くて」
「いや、僕がなかなか君を眠らせない所為だってわかってるよ」
 さらりと言われた言葉の意味に、リディアは次の瞬間顔を真っ赤にさせた。
「もう、何言うのよ!」
「だって事実だろう? 僕ももうちょっと早く眠らせてあげるべきだなとは思ってるんだけど、昼間はなかなか君に触れられないし、一回愛し合うぐらいじゃどうにも満足できなくて……」
「へ、変なこと言うの止めてっ!」
 エドガーの腕の中から抜け出すと、リディアは近くにあったクッションを掴んでエドガーの顔に叩き付けた。
 羽毛のたっぷりとつまったクッションは、軽い音を立ててエドガーの顔にあたる。両手でクッションをどかそうとするエドガーに、そうはさせまいとリディアもムキになって、ぐいぐいとクッションを押し付ける。
 攻防戦は少しの間続いたが、エドガーが本気を出せば決着がつくのはあっという間だった。
「僕を殺す気かい、リディア?」
 笑いながら、エドガーは乱れた髪をかきあげる。
「あなたはこのぐらいで死んだりしないでしょ」
 息はちっとも乱れていないのだから。
「まあね。……ところで、もしかしてそれって僕を誘惑してたりするのかな。それなら、遠慮なく誘われるつもりなんだけど」
「誘惑?」
 にやにやと笑うエドガーに、肘を付いてうつ伏せになっていたリディアは、暴れている間にシーツがずれてしまっていることにようやく気づいた。慌ててシーツを肩まで引っ張り上げる。
「隠さなくてもいいのに」
 残念そうにエドガーは呟くが、冗談じゃない。
「リディア、もう僕らは結婚したんだから、妻がいくら夫を誘惑したって恥ずかしがることじゃないよ。むしろ円満な夫婦生活を続けていく上では大事なことっていうか」
「だれも誘惑なんてしてません!」
「僕に胸を見せて、誘いをかけてきたじゃないか」
「さ、誘ってなんかないってば! 気づかなかっただけよ……っ」
 クッションに顔を埋めながらリディアは声を上げる。恥ずかしくて、エドガーの顔を見ることができない。
 何を今更、と言われるかもしれないけれど。エドガーに肌を見られること自体、恥ずかしくて仕方ないのだ。
 夜、一緒にベッドに入る際はまだいい。明かりを消してとリディアが頼めば、エドガーはその通りにしてくれる。明かりのない暗闇の中でなら、まだ多少は恥ずかしさを我慢することもできるのに。
 こんな明るい部屋の中で裸を見られただなんて、どうにかなってしまいそうだ。頭が沸騰しそうな気がする。いつもは朝だってなるべく見られないように、起きたらすぐ着替えをしているというのに。
「リディア。そんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃないか。もう夫婦になったんだから」
 夫婦になろうが何だろうが、恥ずかしいことには変わりないのだ。
 きっとエドガーには、こんな気持ちはわからないのだろう。そういえば、彼が恥ずかしがっているところなんてまともに見たことがない。
「昨日の夜だって、もっとすごいことをしてたのに……」
「ばっ」
 バカ!
 と怒鳴りつけるよりも、エドガーの手がシーツをめくり、リディアの胸に触れる方が早かった。
「やっ。何するのよ!」
 慌ててエドガーの身体を押し返そうとするが、出した腕は反対につかまれ、シーツの上に押さえつけられてしまう。整った顔立ちに浮かんだ、にやりとした意地の悪い笑顔に顔が赤くなる。
 エドガーが何を考えているのか、わかりたくないのにわかってしまう。
「誘われたからには、夫として、精一杯それに応えないといけないと思ってね」
「だから、誘ったわけじゃないって何度言えばわかるのよ!」
「うん、リディアが実際誘ってたかどうかはあんまり関係ないんだ。ただそこにいるだけで、いつだって僕は君に誘惑されてるからね。君の唇を見るだけでキスしたくなるし、肌を見るだけで……」
 肌、という言葉に、思わずリディアはびくんと身体を震わせた。
 エドガーの手の中で、リディアの胸が柔らかく形を変える。
 たったそれだけで、全身に熱がこもるのは、エドガーと交わしたまだ数少ない夜の時間を、リディアの身体が覚えているからだ。
「―――抱きたくなって仕方ないんだ」
「エド…っ」
 言いかけた言葉は、エドガーの唇に吸い込まれて行った。
 こんな明るい中で愛し合うだなんてどうかしてる。
 そう思うのに、エドガーの口付けから本気で逃げられない自分がいる。そう思って、リディアは何だか泣きたくなる。
 午前中は、久しぶりに妖精博士の仕事に精を出そうと思っていたのに。その予定は、もう諦めなければならないらしい。
「早起きは三文の得って、本当だね」
 唇を離したエドガーは、嬉しそうにそんなことを呟くのだから。
「……バカ」
 リディアは短く、そう言い返すだけで精一杯だった。