カラメリア


伯妖個人誌再録本。表紙は美里さん。

「Lovers concerto」
「Pinkish cherry」
「Honey days」
「FACE TO FACE(あぷり分のみ)」
「接ぎ木リンゴの下でおやすみ」
上記五冊分を収録。加筆修正あり。

書き下ろしは、ようせいブログで連載している年の差エドリディな短編。
リディアが14歳時の話になります。


「愛の分だけミルクを入れて」


 大人になったらこの人と結婚するのだと、
 言われながらに育てられた。


「エドガーは、いつになったら帰ってくるの?」
 スコーンに手を伸ばしながら、リディアはそう尋ねた。
 リディアのためにお茶を入れてくれているアーミンは、口元だけで小さく笑う。どうしてだろうと不思議に思ったリディアは、すぐさま今の自分の問いが、これで何度目かになるものなのだと気づいて、とたんに恥ずかしくなった。
「天候に問題が無ければ、あと三日ほどでお戻りになられますよ」
「えぇ、そうよね。わかってるのよ。ちょっと確認したかっただけだから」
 早口で言いながら、リディアは手にしていたスコーンを口に詰め込む。あまり褒められた行儀態度ではないが、アーミンは口うるさいことは言わない。うるさいのはエドガーだが、その彼もあと三日は帰ってこないのだ。
「きっと今頃、リディアさんのために、大急ぎで馬車を飛ばしているはずですよ」
 エドガーは、遠方の領地へと出かけて行ったのだ。
 何か問題があったらしいとは聞いたが、それが具体的にどんな問題なのかはリディアは知らない。『君にはまだ関係のない話だから』と、詳しい話なんて何もしてくれないまま、急いでロンドンを出て行ったきり、もう半月以上も帰ってこない。
 その間には、一度手紙が送られてきただけだ。アーミンには返事を書いたらどうかと進められたけれど、何だか悔しくて、リディアは返事を送らなかった。
「エドガーなんて、帰ってこない方がいいわ。あれはしちゃダメこれもしちゃダメって、うるさいことばっかり言うんだもの」
 エドガーと一緒にいると、好きなだけお菓子を食べることもできない。だからこの機会にうんと甘い物を食べてやれと、リディアはこれで三つ目のスコーンに手を伸ばした。
 アーミンは、やっぱり何も言わない。穏やかな笑みを浮かべながら、静かにリディアの給仕をしている。エドガーもこうだったらいいのにと思いながら、たっぷりのクロテッドク
リームをつける。 「前からうるさかったけど、最近とくにうるさいんだから」
「エドガーさまは、リディアさんに、完璧なレディになってほしいのだと思いますよ。まもなくデビュタントですもの」
「……社交界になんて出たくないわ」
 エドガーには、こんなことは言えない。
 だって、言ったらきっと叱られる。怒られるのは怖い。本当に怒った時のエドガーは、リディアがいくら泣いても許してくれないのだ。
 でもアーミンは、ただ優しくリディアに微笑みを向けるだけだ。
「社交界デビューは、楽しみではありませんか?」
「コルセットで締め付けられるのも嫌いだし、ダンスだってちっとも上手くならないもの。こうやって、家でお茶を飲んでる方がずっといいわ」
「コルセットにもその内慣れるでしょうし、ダンスだって練習をすれば絶対に上手くなりますわ。社交界でも、楽しいことはきっとありますよ」
「どうしてアーミンにそんなことがわかるの?」
 少し疑うような声になってしまった。だってアーミンは、社交界にデビューしたことなんてないのに。
「だってリディアさんは、どこにいても、楽しみを見つけるのがお上手ですもの」
 アーミンはそう言って微笑む。その完璧な、見惚れてしまうような微笑みを前には、リディアはもう何も言うことなんてできなかった。
 リディアが知っている女性の中で、アーミンは一番の美人だ。どうして男装をしているのかは知らないが、そんなものでは到底隠し切れない美しさだと毎日のように思う。
 そうして、アーミンの艶やかな笑顔に見惚れる度に、ほんの少しリディアは落ち込んでしまうのだ。
 最近では、少しお洒落をすることも楽しいと思えるようになってきた。以前までは苦痛でしかなかった仕立て屋の採寸も、どんなドレスが出来上がるのだろうかとわくわくしながら受けられるぐらいにはなった。
 けれどそうしたリディアの隣に、煌びやかなドレスを纏っているわけでもないのに、人目を引いて仕方の無い美女がいるとなれば、どうしても落ち込まずにはいられなかった。
 どうしてあたしは、アーミンのようにキレイじゃないのだろう。
 せめて、髪の色だけでも、エドガーやアーミンのようだったらいいのに。華やかな金髪とも、知的なダークブラウンとも、どちらともかけ離れた色なのだから。
   下ろしたままの自分の赤茶の髪が、とたんにいつも以上にみすぼらしく思えて、リディアは食べかけのスコーンを皿に置いた。
「もうよろしいのですか?」
「……えぇ。お腹いっぱい」
 本当にそうだったから、残したスコーンに未練は無かった。
 紅茶を飲み干してから、リディアは立ち上がる。
「庭に行ってるわ」
「あまりドレスを汚さないで下さいね」
 そんな子供じゃないのに。
 でも、エドガーにはそう言えても、優しいアーミンには言い返すことができなくて、リディアはむっつりと頷きながら部屋を出た。