
A5/コピー本/36P/¥250
09年1月発行、09年3月完売
ルームメイトと、「最低な男」の番外編を一話ずつ収録。
車から降りようとしていたあたしの手を掴んで、そいつは言った。
「今度は何なわけ?」
この男と顔を合わしていると、どんどんと口が悪くなっていくみたい。それも仕方ない。どうしたって、愛想良くしゃべれるような相手じゃないんだから。
つっけんどんな返事を返すあたしに、運転席に座ったエドガーは、いかにも傷ついたような苦笑を浮かべてみせた。
「何もジャングルの奥地に連れて行こうってわけじゃないんだよ」
ジャングルの方がよっぽどマシよ、とあたしは心の中で呟く。
「僕のエスコートは気に入らなかったかな」
気弱そうなことを言っているけど、そんなはずはないと信じているに違いない。
その自慢のエスコートで、今までどれだけの女性を連れ歩いていたのだろう。あたし以外の女性は、みんな満足したのかしら。今日のパーティーであたしを睨みつけていた女性達は、もしかしたら前にエドガーにエスコートされたことがあるのかもしれない。エドガーに意味ありげな流し目を送っていた女性も。
「えぇそうね。ちっとも気に入らなかったわ」
早く家に入りたい。なのにエドガーはあたしの手を掴んだまま離さないから、あたしの苛立ちは募るばかりだ。
「どこが悪かったのかな。善処するから教えてくれ」
善処? どの口がそんなことを言うのだろう。婚約者がいながら、他の女性と親しくしているような人が善処だなんて、笑わせる。
「自分の胸に聞いてみたら?」
「思い当たる節は一つも無いんだけどなぁ」
何て厚かましい奴。
「あぁそう。別にいいわよ、いくらあなたが善処してくれたところで、あたしがあなたのエスコートを気に入る日なんて一生来ませんから」
腕を引っ張って、離してよ、と睨み付けた。痛くはないけど、その手はなかなかあたしを離してくれない。睨みつけるあたしにも、エドガーは柔らかく微笑むだけだ。今までたくさんの女性を魅了してきたんだろうって微笑みで。
「じゃあ来週の水曜までに、もう少し考えておくよ。せっかくパーティーに出るんだから、僕と一緒にいる時間を少しでも楽しんでほしいしね」
「……また来週もパーティーなの?」
「気軽な立食パーティーだよ」
エドガーの言う『気軽』が、あたしにとってもそうだなんてとても思えない。
「君と同じ年頃の女の子達も呼ばれてるはずだよ」
本当にそうだとしたら、その女の子達はお金持ちのお嬢様に違いない。学校の友達のように気楽な会話ができるわけないんだから。
「本当なら、二人でどこかのホテルでディナーでもと思ったんだけどね。夜景のキレイなところで、ロマンチックな夜を過ごそうって」
「はあ?」
そんなの冗談じゃない。
まだパーティーは婚約者としての義務だと思って我慢しているけど、こんな奴と二人きりでホテルだなんて。間違ったって行くわけがない。
「忘れたの? 来週の水曜はクリスマスイヴだよ。恋人と二人で過ごすには絶好の夜じゃないか。ロマンチックなひと時を過ごせば、君も僕のことをもう少し好きになってくれるかもしれない」
あたしに恋をしてるんだって、錯覚しそうになってしまいそうな熱い視線で言われて、少し頭がクラクラとする。
こいつの性格の悪さを知らなければ、そのままうっかり信じ込んでしまいそうだ。本当に愛されているんじゃないかなんて。
でもあいにくと、あたしはエドガーが最低な男だということを知っている。だから他の女の子達みたく、こいつに熱を上げるようなことなんて絶対に無い。
「でも、その日はパーティーなんでしょう? 残念だったわね」
ちっともそう思ってない声であたしは言った。
苦痛ばかりのパーティーだけど、エドガーと二人きりでホテルのディナーを楽しむことに比べれば、大勢での立食パーティーの方が遥かにマシだ。
「今年はついてないな」
エドガーは悔しそうにため息をもらす。
じゃあ去年は、どこかの女性とロマンチックな夜を過ごしていたのだろうか。
尋ねてやろうかとも思ったけど、答えは明白だったから止めておいた。あたしの代わりなんて山程いるに違いないと、こんな時に思い知らされて少し胸が痛くなる。
早く飽きてくれればいいのに。
「でも、君と一緒にイヴを過ごせることに変わりはないからね。楽しみにしてるよ」
エドガーはそこでやっと手を離してくれた。バックを掴んで、あたしは車のドアを開ける。夜の空気は冷たく、刺す様に冷たかった。家の明かりが眩しい。もう父さまは帰ってきているのかしら。
「おやすみなさい」
「おやすみ。いい夢を。できれば僕の夢を見てくれると嬉しいけどね」
エドガーの夢を見るとしたら、それは悪夢に違いない。
最後まで笑顔を浮かべたまま、エドガーは車のエンジンを吹かした。あっという間に遠ざかる、名前もわからないシルバーの車体を見送ってから、あたしは家の門を開けた。
嫌な気持ちで迎えるクリスマスになりそうだった。
ついてないのは、どうやらあたしの方だったみたい。
+
あたしとエドガーが、形ばかりの『婚約』をしてから、もう数ヶ月程が経とうとしている。
親切で優しい人だとばかり思っていた男は、その間に最低の男に成り下がり、あたしはどんどん可愛くない女の子になろうとしている。
元から美人なわけでもないのに、これ以上性格がきつくなって、どうしろっていうのだろう。その責任を取ってもらいたいくらい。
それとも、こいつなりにある意味責任を取ろうとしているのかしら。少なくとも見た目はどうにかしようとしているのかも。余計なお世話だとしか思えないけど。
「うん、すごくキレイだ」
現れたあたしを見て、エドガーは実に満足げな声でそう言った。
頭のあちこちにピンを刺されて、髪を引っ張られている。慣れていないから痛くてたまらない。それを言うなら、膝上のスカートだってそう。学校の制服なら何とも思わないのに、エドガーの用意したドレスだと思うだけでどうにも落ち着かない気持ちになる。
「そのドレスを見た時に、絶対に君に似合うと思ったんだ。可憐で可愛くて。リディアは細いから、こういうふわりとしたドレスがよく似合うよね」
「えぇ、本当に」
答えたのはあたしじゃなく、ここまであたしを着飾らせた女性だった。そういえば、名前も知らない。いきなり連れて来られて、質問する間もなく服を脱がされた。そうして、頭にまでいっぱいピンをさされたのだから。
「こんな可愛らしいフィアンセをお連れになるのでしたら、前もって連絡して下さればよろしいのに」
フィアンセ。
その言葉に身体が震える。
止めて欲しい。そんなことを言うのは。
「連絡したら、逃げ出していたんじゃないのかい? 今日は定休日だからね」
「まあ、ひどい仰りよう」
打ち解けた様子で二人は笑いあう。あたしとエドガーじゃ、絶対にこんな空気にはなりっこない。なりたくもないけど。
あたしの視線に気づくと、女性はにっこりと微笑む。大人の女性の笑みだ。目が合ったことが恥ずかしくて、あたしはうつむいてしまった。これじゃ挨拶もろくにできない子供みたい。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ。今日は助かったよ。また次回もお願いしていいかな」
「そのときは、きちんと連絡して頂けるのでしょうね?」
「なるべくね」
軽く笑ってから、エドガーはあたしに手を伸ばす。自分の傍にいる女性にそうやって手を伸ばせば、喜んで受け入れて当然と思っているような微笑みが気に障って仕方ない。
他のだれかがいる前で、まさかいつものように叩き返すわけにもいかなかったから、視線を逸らして気づかないフリをした。
エドガーは笑って、あたしの腰に手を回す。
「……ちょっと」
離してよ、と睨み付けるあたしの視線をさらりと無視して、エドガーは扉を開けた。
「楽しんでらっしゃいませ」
「あぁ。婚約者を自慢してくるよ」
慌てて振り返って、あたしは女性に小さく頭を下げた。柔らかな微笑みを見たところで、ドアが閉まった。
店の前には、エドガーの車がとめられたままだ。その横に立っているレイヴンは、この寒い中ずっとそうして立ち尽くしていたのだろうか。
「離してよ!」
前を通りかかったカップルが、あたしの声にちらりと視線を向けて来たけど、どうだっていい。
全世界の人の前で、婚約者の顔をしなくちゃいけないわけじゃないんだから。
「でも、離したら君は転ぶだろう? ヒールは履きなれてないみたいだから」
くすっと口の端を持ち上げて笑う。
履き慣れてるのは、学校指定のローファーよ。悪い?
そんなことを言ってやろうかと思ってる間に、レイヴンがドアを開け、車に乗せられてしまった。エドガーは隣に座り込み、そうしてパーティー会場に向かう。いつものことながらに気が重い。
「リディアはあんまり自分からはピンクを着ないよね」
「自分に何の色が似合わないかぐらいわかってるのよ」
言外に、こんな可愛らしいピンクのドレスは似合わないのだと言ったつもりだった。
短い膝上のスカートは、何枚も布が重ねられてふんわりとしている。レースの透け具合は可愛くて、自分が着ると思わなければ見惚れていたかもしれない。胸元を飾ったビーズはきらきらと輝いている。
「どうやら君の目は、少し曇ってるみたいだね」
その言葉、そのまま返してやりたい。
それともこいつは、女の子であればだれでも可愛く見えるとか? ありえるかもしれない。
「でも、曇った目をどうにかするのも、婚約者の務めだよね。ピンク色が似合わないなんて思い込まない方がいい。自分で思っている以上に、君には魅力がたくさんあるんだから」
言いながら、膝の上のあたしの手を握ろうとする。すかさず自分の手を引っ込めれば、エドガーは残念そうにあたしを見つめた。それこそ、恋人にすげなくされたような顔で。
「気軽な立食パーティーだって言ってなかった?」
あたしにとっての気軽なパーティーっていうのは、こんなフォーマルなドレスを着たり山ほどのピンで髪をまとめたりするものじゃない。ほんの少しだけどメイクもされた。目元をちょっといじっただけだったけど。
「うん、気軽なパーティーだよ。仕事仲間だけど、同時に友人でもあるんだ。若い人が多く招かれているから、きっと君も楽しめるよ。立食パーティーなら、面倒なマナーも必要ないしね」
男の人の服装はよくわからなくて、あたしの目にはエドガーはいつものスーツ姿に見える。多分どこかの高級ブランドだったりするんだろうけど、安物のスーツとどこが違うのか見ているだけではさっぱりわからない。
「さっき人は、何なの? あそこは美容室?」
昼過ぎに急に迎えに来たと思ったら、何も言わずにあそこに連れて行かれた。あたしも驚いたけど、あの人だって驚いていたはず。もっとも、あたしより飲み込みは早かったけど。
「彼女はスタイリストだよ。仕事の関係で会うことが多くてね。彼女なら、僕の思う通りに君を仕上げてくれると思ったんだ」
「あたしはあなたの人形じゃないのよ」
「もちろん。人形じゃなくて婚約者だ」
言い聞かせるように、ゆっくりとエドガーはつぶやく。
あたしに恋してるんだって、錯覚しそうになる程の熱い眼差しで見つめられるから困る。そんなはずないってわかっていても、それでもあたしはそんな風に男の人に見つめられることに慣れていないから、心臓が少し騒がしくなる。
止めてほしいのに、こういうことは。
「あぁそうだ、一つだけ言っておきたいんだけど」
「人前では殴るな、とか?」
相手がエドガーとなると、つい嫌味なことを言ってしまう。でもエドガーは、「ちがうよ」と軽く笑って見せた。いつもいっぱいいっぱいのあたしと違って、余裕のあるところがまた腹が立つ。
「若い人が多く招かれたパーティーだって言っただろう? 当然若い男も多い。声をかけられるだろうけど、相手にしないで欲しいんだ。君の笑顔の一つでも見せられれば、絶対に勘違いする男が現れるだろうからね」
真面目な顔をして、何を言い出すんだろう。
呆れて物も言えないって、多分こういうことを言うんだわ。
「本気で言ってるんだよ」
あたしの顔を見て、エドガーは重ねて言う。
「そうね。下手に会話が弾んで、あたしがパーティーにも慣れてない、自分じゃドレスも買えない貧乏娘だってばれたら困るものね」
「僕はそういうことを言ってるわけじゃ……」
「着くまで黙っててくれない? あんまりしゃべりたくないの。頭が痛いから」
「具合が悪いの?」
この心配した顔が演技なのかそうでないのか、そんなこともあたしにはいまいちよくわからない。
婚約者だなんてバカげている。相手の本心もわからないのに。
「頭痛?」
「えぇそうよ、頭に山ほどピンをつけられたせいで、ずきずき痛んで仕方ないの!」
「ピン?」
思わず怒鳴れば、エドガーはきょとんとした顔になった。
そうして次の瞬間、声を上げて笑い出す。
あぁもう。
本当に、最低な男なんだから。
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「最低〜」の、サイトにUPしていた部分になります。本にすると5ページ分ほど。