The kitty


「……だって、友達も何も言わないし、気づいたら終わっちゃってたんだもの」
 というのが、車に乗り込んで早々のリディアの言い訳だった。
「友達はまだ終電があるのに、あたしの乗る電車だけ終わっちゃってるだなんて思わないじゃない」
「そうかな。住んでる場所はそれぞれ違うんだから、普通は夜遅くなりそうなら終電の時間ぐらい調べるものだと思うけどね。そういう時に使わないで、何のための携帯だと思ってるんだい?」
「……今度から気をつけるわよ」
 拗ねたように唇を尖らすリディアに、エドガーは嘆息しながら短く答える。
「ぜひそうしてくれ」
 心の底からそう思う。
 真夜中の高速を、滑るようにして車は走り抜ける。
 夜のドライブは嫌いではない。ただ、助手席にいるのがリディアだと思えば、それは少し妙な心地だった。こんな時間にリディアと二人でいることは珍しかった。夕食を二人で食べることはあっても、遅くならない内にいつも家まで送っていた。
 リディアは黙ったまま窓の外を見つめていた。酔ったのか、それとも眠いのか。ちらりと見た横顔ではわからない。
「眠いの?」
「……怒ってる?」
「え?」
 質問に質問で返され、エドガーはほんの少し驚いた。
 そんなつもりはなかったのだが、怒っているように見えたのだろうか。
「……こんな時間に呼び出してごめんなさい」
 さっきとは打って変わって殊勝な台詞に、エドガーは小さく笑った。最初からそう言っていればいいものを。根が真面目なくせに、頑固なほどに意地っ張りなのだから困る。けれど、そんな様子を見せるのは自分だけだとわかっているから、どうしたって放っておけないのだ。
「怒ってはいないけど、反省はしてほしいかな」
 口調を和らげてエドガーは言う。年はそれほど変わらないのに、リディアが相手となると、もっとずっと年下の女の子としゃべっているような気持ちになる。だからだろうか、つい説教めいたことを言いたくなってしまうのは。
「女の子なんだから、もっと危機感を持ってくれないと困るんだよ。今日は僕が迎えに来れたからいいけど、もし僕が来れなかったらどうするつもりだったんだ? 色々と今は物騒な事件が多いんだから、気をつけてくれないと。一人暮らしを始める時に、カールトン教授とだってそう約束しただろう? 終電も忘れて遊んでたなんて知ったら教授はどう思うかな」
「父さまに言うの?」
 とたんにリディアは慌てだした。その素直な反応が可愛くて、つい笑い出しそうになるのをエドガーは堪える。
 いくらお目付け役を頼まれているからとはいえ、この程度のことを一々報告する気にはなれない。初めての一人暮らしともなれば、だれだって多少は羽目を外すものだ。素直にエドガーに電話をかけてくる分、リディアなどまだ可愛いものだ。そのまま平気で男の家に転がり込む女の子を、エドガーはいくらでも知っている。
「さあ、どうしようかな」
「もうしないわよ。約束するから」
 必死な様子が可愛い。口元が緩むのを抑えられなくて、とうとう微笑んでしまった。厳しく説教をするのは柄に合わない。甘やかす方がよっぽど向いている。
「わかった。じゃあ、今日のことは内緒にしておいてあげるよ」
「本当に?」
「そんなに教授に叱られるのが怖いの?」
 カールトン教授以上に温和な人をエドガーは知らない。もちろん親としてリディアを叱ることはあるのだろうが、怒鳴りつける様子などは全く想像ができない。そんな人だ。
 純粋に不思議に思って尋ねただけなのだが、リディアは不服そうな声で答えた。からかわれたとでも思ったのだろうか。 
「叱られるのが怖いんじゃなくて、心配かけたくないだけよ」
「なるほど。その気遣いを僕にもしてもらいたいところだね」
「だって、エドガーは父さまほど心配なんてしないでしょ?」
 何言ってるのよ、とでも言いたげな口調ですげなく返されてしまった。
 緩やかなカーブを曲がりながら、何となく面白くない気分になる。心配しているからこそ、こうして夜中に車を出して迎えにまで行っているというのに。報われていない。
「いつだって、君のことは心配してるんだよ」