けれど色褪せているとはいえ、その色は確かに記憶に残っている。
「ねえ、これって」
「あぁ、君も覚えてた?」
エドガーは笑いながら、二人分のコーヒーを運んでくる。エドガーは使わないミルクと砂糖も常備されているのは、きっとリディアの為なのだろう。他にこの家に来る女性がいなければの話だが。
「部屋の掃除をしてたら、クローゼットに入れっぱなしだったダンボール箱から出てきてね。懐かしいよね。君が中学生ぐらいの時だっけ?」
「そうね、そのぐらいかしらね」
正確には中学一年生の時だ。はっきりとそう覚えてはいたが口には出さない。そんな昔のことをいつまでも覚えているのかと自分でも思う。
初めてのチョコレート作りでずいぶん苦戦した記憶がある。このリボンだって、他の色にしようかどうしようか、それはもう悩んだものだ。
それが今になってこうして出てくるだなんて。
別にエドガーは大事に取っておいたわけではないが、それでも中学生のヴァレンタインに使ったリボンだなんて、今更見るのは恥ずかしすぎる。あの頃はとにかく、少しでもエドガーと一緒にいたくて仕方なかった。その気持ちは今も変わらないけれど、子供だった分昔は形振りかまっていなかったような気がする。
「あの頃のリディアは可愛かったなあ」
リボンを手に取って、エドガーはくすくすと笑いながらそうもらす。一体彼が何を思い出しているのか、想像するのも恥ずかしい。どうせろくな思い出ではない。
「悪かったわね、どうせ今は可愛くないわよ」
「今ももちろん可愛いよ。でも、僕のことを好きだとかカッコいいとか、そんなことは全然言ってくれなくなったじゃないか」
「何であなたにそんなこと言わなきゃいけないのよ。言ってもらいたかったら他の子に頼んだら?」
「ほらね、今じゃすっかりこの調子だ。昔は僕が遊びに行くと、飛び出してくるぐらい喜んでくれたのに」
そう言ってわざとらしいため息をもらす。からかわれているのがわかるから、リディアはむっつりと押し黙ってコーヒーにたっぷりのミルクを入れてかき混ぜる。
子供の頃の話をされるほど恥ずかしいものはない。しかもその相手が好きな人であればなおさらだ。できることなら忘れてほしい。
「たまには、好きって言ってくれても構わないんだよ。昔みたいに」
「このコーヒー、投げつけてあげましょうか?」
「それは嫌だな。そのマグカップはお気に入りなんだ」
女の人からのプレゼントだろうか。
すぐにそんなことが頭に浮かんでしまう自分にリディアは呆れる。エドガーの家に来て、そんなことを考えていたら切りが無い。
エドガーはノートパソコンを立ち上げて、メールのチェックを始める。リディアはテレビのリモコンに手を伸ばした。夕方のニュースをぼんやりと眺める。高速の渋滞予測や、人で賑わうプールの映像は、ここのところ毎日のように流れている。
「エドガーは、プールとか行かないの?」
「ここ数年行ってないかな」
パソコンの画面を見つめたままエドガーは答える。ということは、今年も行かないということだろうか。
「どうして? 泳ぐの嫌いなの?」
「焼けるのが嫌だから」
「……男でしょ」
「っていうのは冗談だけど。泳ぎは好きだよ。でも、この暑い中わざわざ時間をかけて人ごみに行く気にはなれないな」
「めんどくさがり」
「君みたいに若くないからね」
軽いタイピングの音が部屋に響く。メールを打ち終わったのか、ぱちっと大きくエンターキーを叩いてから、エドガーはパソコンを閉じた。
そんな何気ない動作が、どうしてここまで視線を引き付けるのだろう。明るい金髪はさらりと揺れて、その灰紫の視線を向けられるだけで、どうすればいいのかわからなくなる。
昔から何も変わらない。
早く大人になりたいと思っていたのは昔の話。
今だってそれはもちろん思うけど、いくら誕生日を迎えてもエドガーには追いつけないとわかってしまった。高校生になってもそう、大学生になってもそう。エドガーは相変わらずリディアを子供扱いする。
生まれた時に決まってしまった年齢差は、いつになっても埋まらない。
「エドガーだって若いじゃない。二十歳過ぎなのになに年寄り臭いこと言ってるのよ」
「十代と二十代はもう別の生き物だよ。リディアを見てると元気だなって思うしね」
元気って。
あたしは小学生の子供じゃないのよと言いたくなる。
大学の友達と比べても、リディアは特別元気がある方だとは思えない。エドガーはどうしてそんな風に思うのだろうか。作ったカレーを鍋ごと持ってきたからだろうか。この暑い中にと驚かれた。
「もしかして、リディアはプールに行きたかった?」
今気づいたようなその問いは、そのまま、『プールに連れて行って欲しかった?』と変換される。ねだったと思われるのは嫌だった。そりゃ、ほんのちょっとは、そういうことも考えたけど。
「そういうわけじゃないわよ。ただ、夏休みは何してるのかなって思っただけ」
「とりあえず今月いっぱいは、学際の準備かな」
「学際?」