まずはその前に、好きな人を作らなくてはいけない。今日は少しだけど会話ができたとか、席替えで近くの席になれたとか、片思いをしている友達はみんな些細なことで喜んだり落ち込んだりしていて、そんな様子はとても可愛くリディアの目には映った。
好きな人がいるというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
小学校でも中学校でも、リディアには好きな男の子なんていなかった。
作らせてもらえなかった、という方が正しいのかもしれない。
「だって、リディアが僕以外の男子と仲良くするのは嫌だから」
どうしてちょっとでも男子としゃべったり遊んだりしようとすると、いつもいつも邪魔ばかりするのかと、怒って言ったリディアに対し、あっけらかんとその幼馴染は答えてくれた。
きらめくような金髪と、印象的な灰紫の瞳を持ったリディアの幼馴染は、その頃はまだ華奢な身体つきに女の子のように可愛らしい顔をしていたのだが、性格はすでに悪魔そのものだった。
「他の男子なんかと仲良くする必要ないよ。リディアには僕がいるじゃないか。気分が悪くなるから、他の男子とは仲良くしないでよ」
なまじ頭がずば抜けて良く、教師やクラスメイト達からも絶大な信頼と人気を得ていたのがまたまずかった。クラスのリーダー格でもあったエドガーの機嫌を損ねてはまずいと、とたんにリディアを遊びに誘う男子はいなくなった。
反対に、悪ガキめいた男の子達にはからかわれるようになったが、リディアを泣かした男の子二人が立て続けに、階段から落ちて捻挫をしたり、謎の高熱で一週間近く学校を休んだ後には、リディアはすっかりクラスの男子には遠巻きから見られる存在になってしまっていた。
もちろんそんなのはただの偶然だ。けれどまだ小学生だったクラスメイトにはずいぶんな衝撃だったらしく、噂に色々な尾ひれもつき、卒業するまで『エドガーの呪い』は語られ続けた。
さすがに中学に上がってからは呪いなんて話は聞かれなくなったが、それでもリディアを取り巻く状況は何も変わらなかった。
相変わらずエドガーは幼馴染という名前を振りかざしてはリディアを独占しようとし、近づいてくる男子にはとりあえず敵意を向け、女子には笑顔を振りまいた。何度か大きな喧嘩もして、ひどいこともたくさん言ったが、エドガーは決してリディアから離れようとはしなかった。意地っ張りで自分からは謝れないリディアに、いつも「ごめんね」と言ってくるのはエドガーの方だった。
幼稚園の頃からの幼馴染で、家族のようで、頼りになる兄のようで、たまに甘えん坊の弟のようで。
どれだけエドガーに対して腹を立てても、嫌いになることはない。嫌いになんて絶対になれない。けれどこのままエドガーと一緒では、彼氏の一人どころか、初恋すらも済ませられないのではと思ったら、さすがに危機感を覚えた。
男子に遠巻きにされるのも、エドガーに想いを寄せる女の子達から嫌がらせをうけるのもこりごりだ。
エドガーのいない場所で学校生活を送りたいと思って、嘘をついて遠い高校を選んで受験をした。罪悪感を覚えないわけではなかったが、それよりも大事なのは自分自身の高校生活だ。エドガーとは家でだって会えるのだし、後で謝れば許してくれるだろうとか、そんなことを呑気に考えていた。
そんな入学前の自分に、今となっては呆れ返るしかない。
片道一時間はかかる高校を選んでしまったものだから、リディアの朝は早い。昼のお弁当も作るのでなおさらだ。
まだ半分寝ぼけた頭で制服に着替える。この高校のいいところは、生徒の自主性を尊重する自由な校風と、制服がなかなかに可愛いことだろう。大きな赤いリボンはお気に入りだ。
ぐしゃぐしゃな頭のまま、リディアは階段を下りていく。
今朝もまだ、父は起きてこないだろう。大学で鉱物学の研究をしている父の生活は不規則だ。今日から出張だと言っていたのに、昨夜も帰宅はずいぶんと遅いようだった。
けれどリビングの扉に手をかければ、朝のテレビニュースの音が聞こえてきた。もう起き出しているのだろうか? いや、父は自分からはテレビをつけない人だ。いるのは父ではなく―――
「やあリディア。おはよう」
「……何で今朝もいるのよ」
新聞を広げたまま、とても高校生とは思えないほど優雅な微笑みを向けてくるエドガーは、リディアと同じ、こげ茶色の制服を着ている。
こうなる予定ではなかったのに……。
どうして同じ制服を着ているのだろうと、もう何十回と考えたことを、今朝もまたリディアは考えずにはいられなかった。