「 ただ、君の呼ぶ声がする。 」(ポートヘイヴンへようこそ)
オフ本/A5/60P/表紙特殊紙使用一色刷り/¥600
懐かしの凹凸的恋愛関係、途中までサイト掲載していた空模様恋模様。
それに新作のシリアス(ダーク?)な話の三本を収録しました。ごちゃまぜ(笑)
「いい加減にしなさいよ、このバカっ! あんたはどれだけあたしをバカにすれば気が済むのっ!?」
毛布をばっとめくって、彼の自慢の金髪をぐいっと引っ張ってやった。睡魔の僕になっていたハウルも、そのいきなりな痛みにばちっと目を開けた。
「ちょっ、痛…っ。……そ、ソフィー? ちょっと、いたたたっ」
「あらあらやっと目が覚めたの。そうでしょう痛いでしょうね!」
「ソフィー! あんたいきなり何するんだいっ? 痛いよ痛いよ! やめてってば!」
「寝汚いあんたでも一発で起きるんだもの。今度から毎朝これで起こしてやろうかしら」
半分本気で呟きながら、ソフィーはぱっと手を放した。ハウルは涙目になっていたが、悪いなんて気は欠片ほども浮かばなかった。「あぁ痛かった……髪がごそっと抜けるかと思ったよ」と、まんざら冗談でもなさそうに頭をさすっている様子を眺めながら、ソフィーはふんっと鼻を鳴らした。
「何さ、ソフィー。何か用? こんな乱暴なやり方で起こすぐらいなんだから、よほど大事な用なんだろうね?」
不機嫌顔で下から睨みつけるように問い掛けてくるハウルに、ソフィーは笑顔を返した。怒りすぎて、いっそ顔の筋肉がどうにかなってしまったのか、驚くほど簡単に笑顔は浮かんできた。
「えぇ、もちろん。時間を過ぎても起きて来ないあんたに朝を教えるっていう、とても重要な用があったのよ」
ハウルは驚いたように目を少し大きくすると、次の瞬間、心底から呆れきったかのようにため息をついた。がしがしと金髪をかきまぜて、「信じられない」と顔にでかでかと書くと、まるでソフィーの正気を疑うかのような声を出してきた。
「ちょっと、ソフィー。それだけ? それだけのために、僕を起こしたっていうの? あんな乱暴なやり方で?」
「えぇ、そうよ。時間を過ぎたってのに、あんたってばちっとも起きないんだもの」
それが何か? と、ソフィーは視線で尋ねる。
「あんたって人は、ホント信じられないな! 人の睡眠を邪魔してくれて。一体僕が何をしたってのさ? えぇ?」
ソフィーは、眉がぴくっと上がるのを感じた。瞬間的に開きそうになる口を何とか抑える。ここで怒鳴り返しては、またいつもと同じことの繰り返しになってしまう。
けれど、ソフィーが懸命に自分を押さえ込んだのも、次のハウルの一言で無駄に終わった。
「睡眠も満足にとらせてやもらえないだなんて、僕はなんて可愛そうなんだろう。できることなら、僕の恋人がもう少しばかり優しくなってくれないものかな。無理だろうけど」
世の中の不幸を、全て一身に背負ったかのようなその声音。ソフィーは、目の前が真っ赤になるのを感じた。
(……こっ、こいつ!)
考えるよりも先に手が動いて、ハウルの左頬で盛大な音が鳴った。ばちんと。
痛みよりも音に驚いて、ハウルは目を丸くする。徐々に痛みがやってきて、状況を理解したハウルは打たれた頬を押さえると、不機嫌丸出しのかなきり声を上げた。
「ちょっとソフィー! いきなり何するのさ? あんたが乱暴なのは知ってたけど、これはあんまりだよ! 人を叩き起こした上に殴るだなんて!」
「浮気してた奴が、よくそんなこと言えるわね!!」
怒鳴り声では、ソフィーも負けてはいなかった。いや、むしろソフィーの方が勝っていたかもしれない。
浮気の一言に、ハウルの顔色が変わった。ばれた、と、そこにははっきりと書いてあった。
寝耳に水という反応を期待していたわけではない。マイケルやベンならともかく、相手はこのハウルだ。わかってはいたが、実際にそんな反応を見て、ソフィーはわずかに涙腺が緩むのを感じてしまった。
「や、ソフィー、誤解だよ! 浮気だなんて、僕にはあんたがいるのにさ!」
「じゃあ何で、あんたは昨日行く時ヒヤシンスの香りだったっていうのに、帰ってきたらローマンカモミールになってたのよ? 王室でも浴室にこもってたなんて言うつもり?」
「ローマンカモミール? じゃああれだ、リザだよ。同じ王室付き魔法使い。同僚なんだよ」
ハウルは弁解するかのようにそう言ったが、香りを聞いただけですぐに名前が出てくる辺りがもうおかしい。
(同僚だからって、一緒に仕事をしてるだけで、あんなに匂いがうつるわけないでしょう!?)
それを言ったらベンだって、毎日ハウルの香水の香りがうつっていることになるではないか。
「……」
「あ、あの、ソフィー?」
無言のまま、くるりと踵を返したソフィーに、ハウルは怯えた声で呼び掛ける。
(ハウルなんて。ちょっとは思い知ればいいのよ)
今やソフィーのいらいらむかむかは、最長点に達していると言っても良かった。
ドアノブに手をかけ、ハウルに背中を向けたまま、ソフィーは宣言してやった。
「わたし、デートしてくるから」
―――空模様恋模様 より
今日は花屋も定休日。さて、それでは思いっきり掃除でもしようかと、意気込んで腕捲りをしたソフィーは、ハウルの一言のおかげで思いっきり出鼻を挫かれ……そうして、その挫かれた鼻が再生することはなかったのだった。
「ねぇソフィー。どこかに出かけないかい?」
言葉は、まともにソフィーの耳には入ってこなかった。別段、周りがうるさいわけでも、ハウルが遠くにいるわけでも、ソフィーの耳が遠いわけでもない。
理由なんて、ただ一つ。
近い。ハウルの顔が、近すぎるのだ。
壁際にいたソフィーを、まるで逃げさせまいとするかのように(いや、実際、そうしているのかもしれない)、壁に両手をつき、逃げ場を完全に塞いでくれている。それだけで、もうソフィーの耳は、機能しなくなっていたといってもいい。
「あっ、あ、あの、ハウル……っ」
どいて、と言いたかった。頼むから、少し離れてくれと。ハウ
ルの整いすぎた顔がこんなにも至近距離にあるのは、精神上とてもよろしくない。冗談ではなく、心臓が爆発しそうになるのだから。
「ねぇソフィー、どう?」
楽しそうに微笑みながら―――それは実に麗しい、だからこそ
余計に性質の悪い―――ハウルは再度耳元で囁いてくる。聞こえて来る声は品のいいテノールで、ソフィーの頭はもうそれだけでいっぱいになっていた。
「は、ハウルっ。だからあのっ」
離れて、と出した腕は、あっという間に逆に掴まれて壁に押し付けられていた。
「ねぇ、ソフィー。答えてよ。僕とデートしてくれる気にはなら
ないの?」
耳元で囁き続けるその声に、ソフィーの思考回路はがこんっと勢いよく外れていった。螺子が何本も。
「わ、わかった! 出かける、出かけるからっ!」
だからお願いだから離れてちょうだい……っ!
ソフィーが心の中で思い切りそう叫ぶのと、ハウルが嬉しそうな声を上げたのは同時だった。
「やった! じゃぁソフィー、三十分で用意して。あ、服は僕が選ぶからね。ほっとくと、あんたは灰色しか着ないんだから! せっかくの初デートなんだから、多少は着飾っておくれよ」
先ほどまでのしつこさが嘘のように、機嫌よくハウルは身体を離すと、にこやかな笑顔で階段をのぼっていった。二階にある、ソフィーの部屋を目指して。ばたんとドアが開いて、続いて、タンスを開ける音が聞こえた。
この時になってようやく、ソフィーにはだんだんと、思考能力というものが戻ってきた。
「……初デート?」
だれが? というのが、真っ先に浮かんだ素直な疑問。
それはもちろん。
―――自分と、ハウルが、なのである。
―――凹凸的恋愛関係 より
時間が経つにつれ右手にじんじんとした痛みが広がって、そこには熱がこもったようだった。その熱さに驚き、ソフィーは動くこともできずにいた。何が、何が。
見下ろしたハウルの瞳の静けさが怖かった。何も言おうとはしない口の、その動きだけをただ見守った。全ての動きはもう止まっていた。彼は何もしゃべらない。動かない。
「……あ」
自分の口から乾いた小さな呟きが零れ落ちるのを、ソフィーは他人事のようにただ聞いていた。何を言おうとしているのか言いたいのか、はたまた何を考えているのか。自分自身のことがわからなかった。遠い、どこか違う世界の出来事でのようで。
開いた唇の震えは全身に伝わり、終わる時が無いかのようだった。唇が、指の先が爪先が。寒さを感じているわけでもないのに何故か震える。確かに寒かった―――どこかが。
やがて、
どれだけの時間が流れたのか。
すっと、水が引いていくかのような静寂を持ってハウルは身体を引いた。とたんに身は軽くなり、けれど重苦しい空気は何も変わりはしなかった。
「ハ、ウル……」
名を呼び、けれどそこから言葉は続かなかった。ハウルがどこを見ているのかわからない。気だるそうにベッドに腰掛けなおして、どこか遠くを見ているかのような視線。
謝らなければならないと、すぐに思った。理屈ではなく。大変なことをしてしまったという自覚ならあった。謝って、そうして。謝罪の言葉を口にして、言葉にしなければ、そうでなければ。
「あの、ハウ……」
呼吸一つするのも躊躇うような雰囲気がそこにはあった。ずっしりと空気が身体に圧し掛かってきているかのような。肺が押し潰されそうだった。目に見えない何かに。
乱れた衣服の隙間から覗いた素肌は寒かった。
「……まさかここまで来て、あんたに拒絶されるだなんてね」
嘲笑の響きを纏った声だった。変わらぬ体勢のまま、ソフィーは何も返す言葉は無かった。
(そんなつもりじゃなかったの)
拒絶するつもりなんて。
そんなことは。
(ただ)
怖かったというその理由が自分でもわからない。ただどうしようもなくそう思った。心がそう悲鳴を上げた。そしてそれに逆らうことができなかった。
子供だと言われればただそれまでのことだった。自分はどうしようもなく子供で。大人になりきれてなんかいなかった。
「馬鹿みたいじゃないか、えぇ?」
その言葉は、ソフィーに対するものなのかそれとも自身に対するものだったのか。両方なのかもしれないと無性に思った。
(―――ごめんなさい)
声には出せないそれを心の中で必死に呟いた。けれど伝わることはないと知った。頭ではなく心で。
「―――だから処女は嫌なんだよ」
嗚呼。
貴方は。
……どうして。
―――そして愛しさは狂気を生んで より
当初の予定では、最後のシリアス話だけの本になるはずだったんです。
だけどそれじゃちょっと後味悪すぎるかなぁと思って、ほのぼのラブラブ二編が追加(笑
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