あわいこいのはしっこ
「手、繋がない?」
言われたソフィーは目を丸くした。
聞き間違いかと思ったのだ。いや、そうに違いないと。
でも、彼の腕はまっすぐに自分に向かって伸ばされていて。
聞き間違いなどではなかった。
「……え、えっと」
喉がからからに渇いている。
「ど、どうして?」
彼は困ったように笑った。
「や、ほら、人ごみがすごいから。はぐれると困ると思ってさ」
深い意味なんてないのだと、言外に言われたような気がした。
自分一人が意識をしすぎているようで、ソフィーの顔は赤くなった。
「……え、えぇ」
そう答えたものの、自分から手を差し出すなんて、恥ずかしくてできそうもない。
最後に男の子と手を繋いだのなんて、一体いつのことなのだろう?
もしかしなくても、小学校とか中学校とか、そこらの話のような気がして。
どうしようか、立ち止まったまま、顔を赤くして困っていると、それよりも先に彼の手が伸びソフィーの手を取っていった。
「ほら、早く行こうよ。教授に頼まれた買い物、早く終わらせないとね」
にこりと浮かべたその微笑に、心臓は一人勝手に騒ぎ始めていた。
雑踏の中を歩き始めても、心臓はちっとも落ち着きそうにはない。
(ダメよ、ダメ。何も意味なんて無いんだから!)
今こうして彼と歩いているのは、ただ同じサークルに所属しているという、ただそれだけのことなのだから。
偶然の一コマ。それだけで、今こうして二人で街中を歩いている。
艶やかな金髪も浮かべる笑みも。
一体いつから見つめてしまうようになったのか、もう自分でもわからない。
(無理よ)
わたしなんかに。
わかっていても、それでも。
ただ見つめるだけなら、許されるのではないかなんて。
降ってわいた今の幸運に、少しぐらい心臓をばたつかせるぐらいなら自由だろうなんて。
「ねぇ。買い物が終わったらさ、ちょっとお茶してかない?」
でも彼は、そんなことを言ってくるから。
女性には人当たりのいい彼のことだ、そこに何の意味のないことなんてわかっている。わかっている。それでも。
(……期待しちゃうじゃない)
NOとは言えない自分に笑ってしまう。
「あそこにね、美味しいカフェがあるんだよ」
その微笑に顔は赤くなって。
ハウエル・ジェンキンス。
同じキャンパスに通い、同じサークルに所属して。
それがわたしの好きな人。
手にした小さな液晶の画面を眺めていた。
そこにはたくさんの女性の名前が並んでいる。名前と顔が一致しないことはよくあった。何となく番号とアドレスを聞いて登録するものの、それだけで終わることはよくあった。メールが来てもほとんど返信はしない。だって顔も覚えていないような相手と、何を話せばいいのだろう?
……退屈、だなぁ。
ベッドに横になりながら、ぴこぴこと画面をずらしていった。
『ソフィー・ハッター』
一人の名前の所で手が止まる。もう何回も見たこの画面。
いつだったのだろう、新人歓迎会だっただろうか? サークルのメンバー全員とアドレスを交換した。
シンプルな、何の捻りもないアドレスに、彼女らしいなぁと笑いがもれる。
電話番号も登録してある。
押すだけ。
押すだけで、彼女に繋がる。
(……かけてみようかなぁ)
暇だから。
暇だから。
だから何となく。
(べつに普通だよね、そのぐらいなら)
友達と呼べるほど仲がいいわけではないけれど。
でも、同じサークルのメンバーなわけだし。
用事が無くても電話をするぐらい、普通だろうと思う。
思うのだが、しかし。
(いやでも何を話せばいいんだろう)
そういえば、普段彼女と何を話しているんだろう。
会話は多くはないが少なくもないはずだった。なのに覚えてない。
話している間は、あれほど心臓がうるさくなって、ついでに見えないだろうが、それなりに緊張もしているというのに……いや、だから覚えていないのだろうか。
(や、でも、話せば普通に話せるだろうし……べつにソフィーだって嫌がりは……しないだろうし)
女性には好かれる自信がある。何せこの容姿だ。会話だって上手い自信はあるし、人当たりだっていいはずだ。
けれどそれが、彼女にも通用するのかと聞かれれば、それは痛いところだった。
何せ彼女は、真面目な人間だ。外見なんて、彼女にとっては何の意味もないような気がする。
(えっと、まずは暇だからかけてみたんだってことを言って……あぁでもそれって失礼かな。でもとくに用事があるわけじゃなくて、ただ何となく声が聞きたくて……そう素直に言うべきかな。あぁでもそんなこと言えるわけないじゃないか僕が! どうすれば……)
ベッドの上で悩み続けること早一時間。
ハウエル・ジェンキンスの休日の午後は、そうして過ぎようとしていた。