心わずらい、恋わずらう
「僕はいつでも不安だったんだ。愛してるなんて言葉も、何度聞いたって不安で不安で仕方なかったんだ。その度にソフィーは呆れた顔をして、それでも最後には僕を抱きしめて、何も言わずにずっと傍にいてくれたんだ。永遠なんて信じないなんて言いながら、それでも僕は心のどこかで夢見てた。信じてたんだ。無意識のうちに、そんなソフィーのことを信じてたんだ。全部、全部!」


「……ぱぱぁ?」
 聞こえてきたあどけない声に、ハウルはやっと動くことを思い出した。声の方に視線を動かすと、ソファーから起き上がったモーガンが、まだ眠そうに目をこすりながらハウルを見上げていた。
「あぁ、……モーガン」
 どうしてか泣きたくなって、自然にハウルは両手をモーガンへと伸ばした。小さな身体を抱き上げた、その暖かさを、最後にいつ感じたのだろうかと記憶を手繰り寄せた。けれど思い出せなかった。
「ごめんね。起こしちゃったかい?」
「パパ、かるしふぁーとケンカしてたの?」
 大きな目を見開いて、モーガンは不思議そうな、それでいて不安そうな顔で問いかけてきた。こんな小さな子供にまで心配させてしまったことが申し訳なくて、ハウルは笑顔で「してないよ」と答えた。それを聞いてモーガンは安心したようだった。笑顔を浮かべ、その顔は本当に嬉しそうだった。
「最近あんまり一緒に居てやれなくてごめんね」


「できるものならやってみればいい! 例えこの王宮を半壊させてでも、僕はインガリーに帰ってやる!」


「ままとぱぱ、まだ、帰ってこないの?」
 サリマンの屋敷から帰る夜道、手を繋いだモーガンは、マイケルを見上げてそう尋ねてきた。モーガンのこの問いは、一体これで何度目なのだろう。最初のうちは「もう少しで帰ってくるよ」と言っていたマイケルも、最近では言うことが無くなってきてしまった。
「……もう少し、だと思うんだけど」
「もーすこしって、どれぐらい?」
 そんなこと、聞かれたってマイケルもわからない。よっぽどそう言ってやろうかと思ったが、まだ三歳のモーガンにそんなことを言ったって仕方がない。
「もう少しはもう少しだよ、モーガン」
「あしたは?」
「明日は、まだ、帰ってこないかな」
「あしたのあしたは?」


「……あなたがハウルを殺すことなんてできっこないわ」


「モーガンばっかりソフィーに甘えてずるい」
 椅子に腰掛けて頬杖を付きながら、ハウルは憮然とした表情でそんなことを言った。ソフィーは目を丸くして、思わず「はぁ?」と聞き返してしまった。
「僕のことなんかほったらかしで、あんたはモーガンばっかり構ってるじゃないか。僕はいくら言ったって相手にしてくれないのに、モーガンが少し泣くとあんたはすっ飛んでくんだから。差別もいいとこだよね」
 唇を尖らすその態度は、とても一児の父親には見えなかった。もういい年をしているというのに。
 ハウルがそんなことを言い出すのは初めてのことだったから、ソフィーは素直に驚いた。今までずっとそんなことを思っていたのだろうか? モーガンのことを可愛がるばかりで、これはとんだ親馬鹿もいたものねと思っていたというのに。
(子供っぽい人)


「……人をここまで殺したいと、心底から憎んだのは今までの人生でこれが初めてだよ」


「ウェーはもう一人で食べられるでしょう?」
 朝食に出したスープを見て、ウェーはソフィーに向かってあーんと口を開けた。いつもは一人でぼろぼろこぼしながら豪快に食べていくくせに、今日は一体どうしたというのだろう。
「まま、うぇー、あーんしてるんだよ」
 だから早く、と目で訴えてくるウェーに、ソフィーは肩をすくめた。
「食べさせてもらうのはね、ウェー、赤ちゃんだけなのよ」
「うぇーあかちゃんでいいもん」
 ムキになったようにウェーは言った。こんな声を出す時には、ソフィーが何を言っても聞きはしないのだ。強情っぱりなところは一体だれに似たのだろう。


「どうやってあんたを責めればいいのか、僕にはわからないな」


「あ、あの、お帰りなさい。今日は早いのね」
「うん、今日は会議だけだったから……それよりもソフィー、どうしたの?」
「え?」
 ソフィーは気づいていないのだろうか。ハウルはそっと手を伸ばして、ソフィーの目元に優しく触れた。
「目、赤くなってるよ。何かあったの?」
 もしかして泣いていたのだろうか。すぐさまその可能性が頭に浮かんで、ハウルの心臓はひやりとした。
「あ、そう? さっき夕飯の下ごしらえで玉ねぎを切ってたから、その所為じゃないかしら」



「いつか、そうね、モーガンが大きくなって結婚して子供を生んで、ハウルに孫ができた頃にでも教えてあげてちょうだい。その頃にはきっと、もう昔話になっているでしょうから」


「愛してるから出て行くの。ハウルとモーガンをよろしくね」


訪れた別れと、


「僕達って、やっぱり一緒に末永く幸せに暮らすべきじゃない?」


そして、邂逅と。





「この愛って病からは、きっと一生逃れられないわね」


 ―――その先に見えるのは、いつだってあなたの笑顔だけ。