星色キャンディ



 今日の夜風は一段と身に染みるような気がした。ほうほうと聞こえてくる不気味な泣き声が、何と言う鳥のものなのかもわからない。もしや鳥ですらないのかもしれない。もっと違う、何か妙な生き物なのかもしれない。そんな愉快な想像は、アニスの身体を余計震わせるだけだった。
「……さっむぅ」
 とりあえず、そう呟いておく。寒いということにしておけば、この震えも許されるような気がした。いつも背中に背負っているトクナガも、今はアニスの腕の中にいる。その理由は寒いから。いつ何度魔物が現れても、すぐに戦えるように。この道はあまりに暗すぎる。
「あーあ。やっぱり一人で見回りとか、まずったかなぁ……」
 弱気めいた呟きが口からもれてしまい、あわわ、とアニスは慌てた。けれどどれだけ呟きもらそうが、その台詞を拾い上げる人はだれもいないのだ。一気に力が抜けて、アニスは肩を落とした。さっきから身体中に、余計な力がこもっているような気がした。
 厳密には、見回りをしているのはアニスだけではなかった。この広い山の中、野営をする近辺だけは簡単に見回っておこうと、アニスとジェイドとガイの三人が名乗り出た。後の二人も逆方向を回っているのだろう。
 ここにやって来るまで、今日はかなりの魔物と戦った。負傷もそれなりで、戦闘が終わる度に回復をしていたティアとナタリアの負担は大きかった。だから二人は野営地でいち早く休憩をとり、ルークは見張り。残りの三人が、寝る前に見回りをしておこうということになったのだ。最近この辺りでは名のある夜盗が出ると近隣の村でも噂になっていた。
「何で人からお金を盗もうなんて考えになるのかなぁ」
 汗水働いて稼いだ金に価値がある、とまでは思わない。もちろんそれも正しいのだろうが、アニスが目指すのはもちろんのこと玉の輿。楽してお金持ちになりたいという気持ちはよくわかるが、だからといって人を傷つけるやり方は気に入らない。
 そんな盗賊が、今もこの山の中をうろついているのだろうか。
「……でもまぁ、別に怖くなんかないけど」
 はふう、とアニスは息を吐いた。そう、夜盗などは別に怖くも何ともない。それよりももっと強い魔物と今日だって戦ってきたし、不意打ちの奇襲にだって慣れている。例え夜中、寝ているところに夜盗がやってこようが、傷一つ負わずに倒せる自信はあった。だから怖いのは夜盗なんかではない。
 ぶるり、と身体が震えたような気がした。知らず知らずの内にトクナガをぎゅっと腕の中に閉じ込めていた。早く野営地に戻ろう。見回った限りこの近くに夜盗がいるとは思えない。明日もたくさん歩くのだから、今日はもう眠るべきだ。今のこの成長期、たくさん寝なくては身長も伸びない。
 気づけば足早に来た道を戻っていて、アニスはそんな自分自身に眉を寄せた。あんなの、ただの噂話だとわかっている。いや、そんな噂が本当にあるのかどうかも疑わしいぐらいだ。何せその噂を教えてくれたのはあのジェイドで、十分に噂の捏造ぐらいしてみせる人だとわかっている。
 それなのに。

 ―――アニス、知ってましたか?

 夕飯の準備をしている最中、笑顔で近づいてきたジェイドはアニスの耳元でそう囁いた。この世の中で、笑顔のジェイドほど信用のならないものは無いだろうとアニスは思う。敵に回したら怖い人だけど、味方に回しても怖い人だと思う。あの笑顔の裏で何を考えているのかさっぱりわからないのだから。

 ―――この辺りには、ずいぶん前から夜盗が出るそうなんですが。
 ―――その話なら知ってます。今日立ち寄った町で聞きましたから。大佐だって一緒に聞いてたじゃないですか。
 ―――その後で、アニスはルーク達と一緒に食料の買出しに出かけたでしょう? その時に聞いたんですけどね。

 そう言って笑ったジェイドは、本当に本当に、楽しそうで。
 そんな時のジェイドは本当に厄介だとわかっていても、次の台詞を待ってしまったのは、眼鏡の奥の真紅の瞳が怪しく輝いていたからだった。


 ―――何でも、その夜盗たちに殺された人々の霊が、夜な夜な現れ、旅人をあの世へ連れ去っていくとか。


 聞くべきではなかったと、今の今になって、心底からアニスは後悔した。思い返すだけで憎らしくなる。どうせ作り話だとはわかっていても、雲で覆い隠された夜空の下は真っ暗で、道の先はぽっかりとその口を開けているようでもある。聞こえてくる不気味な鳥の鳴き声が、耳の裏にこびりついて離れなかった。いつもであれば気にもならない風の音に、肌がぴりぴりと焼かれるようだった。
「……大佐のバカ」


(意地っ張りな、その)