ファムの月12日





「え、だって、旅に出たら強いモンスターがいっぱいいるじゃないですか。僕嫌ですよ。僕のレベルがいくつだかわかってますか? まだ1なんですよ、レベル1! こんなので旅に出た日は次の村に辿りつく前に死んじゃいますよ。僕はそんなの嫌です。ぜえぇぇぇったい嫌です!」
「でもあんた勇者でしょ。いつまでこの村にいる気なのよ。レベル1って言うけどね、みんな出発する時はレベルなんて1か2なのよ。それも旅をしてる間に上がってくもんでしょう? こんな田舎村にいたらいつまで経ってもレベルなんて上がらないわよ。現れるのはスライムばっかりじゃない」
「スライムだって倒せば経験値がもらえるんです。僕はスライムを数十匹、いや、数百匹は倒してレベルを上げると誓ったんです。スライムをバカにしちゃいけないですよ! 彼らだって立派なモンスターなんです。千匹近く倒せば、きっと僕のレベルだって多少は上がっているはずです。それで十分にレベルを上げて、お金を溜めて、通販で装備を整えてから出発するんです。そうしたら死ぬ心配はありません。これぞまさしく完璧な僕の計画です! いくらあなたの誘いだって、僕はこの村を出ませんからね。えぇ、死んでも出ません。出るもんか。戦うのが怖いんです僕は! 勇者って女の子にもてるかなぁと思ってこの職についたけど戦うのは怖いんです。怖いったら怖いんです。ですからどうぞ旅にはあなた一人で……」
「ファイア」



「もう一度聞くけど。あたしと一緒に旅に出るのと、ここで戦闘不能になったまま放置されるのどっちがいい?」
「………………あ、ちょ、ちょっと……い、いたい……」
「どっちがいい?」
「…………お、お願い、です……か、回復の魔法、を……」
「どっちがいい?」
「………………や、薬草、でも、いいから…………」
「どっちがいい?」









ファムの月13日





「気をつけて。モンスターよ」
「えぇ、わかってます。任せて下さい」




「待てやこら」
「放して下さい! 攻撃されたらどうするんですか!」
「何が攻撃されたらよ! あんたつい昨日、スライム倒して経験値稼ぐとか言ってたじゃない! 強敵ならともかく、スライム相手に逃げてどーすんのよっ!」
「スライムだからって舐めちゃいけません! よく見て下さい、相手は四匹もいるんですよ? 囲まれたらお終いじゃないですか! 僕のHPはまだ20も無いんです! あなたとは違うんですっ!」
「HPが20も無いとか威張ることかっ! ならレベルアップのためにもさっさとスライムぐらい倒してこいっ!」
「そんな簡単に言わないで下さい!」
「簡単でしょーがスライム倒すぐらい! あんたスライムからも逃げてて、この先どんな敵と戦おうって言うのよ!?」
「それは……夏場の蚊とか……!」
「蚊を倒しても経験値なんてもらえんわっっ!!!」

「ピギーっ!」



「うっさいわね、ちょっと引っ込んでなさいよあんたらはっ!」



「おおっ、すごい! あなたぐらいのレベルになると、眼力だけで敵を退けられるんですね! さあ、どんどんやっちゃって下さい! 魔法使い・オン・ステージ!」
「だれがオンステージだ。おまえが行って来い」
「え」



「い、痛い……み、鳩尾にスライムが……」
「ほーら、レベルアップしたじゃない! 逃げちゃダメよ! 敵にはびしばし当たっていくこと! レベルアップに近道なんて無いのよ!」
「薬草……薬草下さい……は、吐きそう……」
「ほら、ちゃっちゃか行くわよ。じゃないと日が暮れちゃうわ。昼と夜じゃ村人の会話の内容が違うんだから、明るい内に村に入るわよ」
「ちょ、引っ張らないで……お、お願いですから……おえーっ」




ファムの月15日


「気になることがあるんですが」
「何よ、改まっちゃって」
「ちょっとこれを見てもらえませんか」





「あんたホントに弱いわねー。あたしが拳で殴っただけで棺桶入りになっちゃいそう」
「縁起悪いこと言わないで下さい! そうじゃなくて、装備品のところを見てほしいんです!」
「装備…………えー、おなべのふた装備できるの!? えー、勇者なのにありえなーい! 何でそんなの装備してんのー!」
「こう見えても料理は得意なんです。いえ違うんですだからそうじゃなくて。勇者の僕がたったこれだけの装備なのに、何であなたはそんな完全防備なんですか。おかしくないですか。おなべのふたとそのうろこの盾交換しませんか」
「絶対嫌。死んでも嫌」
「そんな……僕このままじゃ死んじゃいます! 強い装備が欲しいんです!」
「じゃお金貯めて買えば」
「お金ありません」
「何でよ! 村出発してからもう何度かモンスターとは戦ってるし、ちょっと装備品買うぐらいのお金はあるはずでしょ! はっ、まさかあんたあたしに隠してへそくりしてるとかっ!? うわー許せないレベル2の癖してっ!」
「違いますへそくりなんてしてません! そんなお金はありません!」
「じゃあ一体何に…………ってあんた、何かずいぶん荷物増えてない? 何でそんなに道具袋ぱんぱんになってるの?」
「えっ」



「……ちょっと。いくつ聖水買ってんのよ」
「えーっと……道具屋で聖水の詰め放題をやっていたもので……」
「やるかボケ」





「あーっ!! 僕の命綱がああああっ!」
「どーりでさっきからモンスターにあわないと思ったわよ!! こういう道具はね、HPが残り少なくなって、あぁやばいって時にだけ使うものなの!! 常日頃から使いまくっててどうすんのよっ!」
「僕は常時HPがやばい状態です! 合わせて精神状態も極めてまずいと思われます!」
「知るか! おなべのふたで防御してろっ!」
「そんな……! しくしくしくしく」



 



09.11.09 UP