魔王その1




「さあ魔王よ、勇者シャユロニフ・オルガが相手だ! 姿を現せ!」



「何を、魔王を倒すのは私の方だ! 勇猛な戦士アンルスの息子にして……」



「新参者はさっさと逃げるがいい。俺は魔王討伐を誓い生まれ故郷を出てからもう十年、ただこの日のためだけに来る日も来るひも修行に明け暮れ……」



「くっくっく……。今日も人間共が騒いでおるな。よくもまあ次から次へと沸いてくるものだ。さあ、今日はどうしてくれようか。焼くも良し煮るも良し」
「魔王様。穴から人間達の様子を覗くのは止めて頂けませんか。とてつもなく滑稽です」
「水晶玉が壊れたんだ仕方なかろう。ちゃんと通販で頼んでくれたんだろうな? まだ届かんのか」
「当日発送で頼みましたから、きっと明日には届いているはずですよ。……ところで魔王様」
「何だ。今いいところなんだ。ほらおまえも見てみろ、人間共が射ち合いを始めたぞ。だれがこの私を倒すかでもめているらしい。くっくっく、何とまあ人間というのは愚かな生き物だろうな。たかが40ぐらいのレベルで、この私が倒せるとでも本気で思っているのか。……おっ、いいぞ、もっとやれ! そこだ!」
「魔王様。ですから、覗くのではなくさっさと人間の前に姿を現してくれませんか」
「貴様、私にあの人間共と戦えと?」
「それがあなたのお仕事でしょう」
「人間共の前にのこのこと姿を現して、この美しい顔に傷がついたりしたらどうする!!」
「……………………」
「ああああ、考えただけでも体が震える! この、私の、美しい顔に、傷! そんなことになったら私はもう生きていけない。この世の終わりだ! 毎日毎日鏡を見る時間がどれだけ至福の時間か、その程度の顔しか持たない貴様にはわかるまい! 私の顔も声も、この爪も髪の一本までもが芸術品なのだぞ……! あぁ傷でもついたら生きていけない生きていけない。そんなことあってはならんのだ、断じて!」
「……いえしかしですね魔王様、ああして人間がやって来ても、一向に魔王様が姿を現さないものだから、ここはダミーの魔王城に違いないと最近ではもっぱらの噂になっているんですよ。魔王業をこなして下さいお願いですから」
「仕事なんかより私の顔の方が大事だ」
「…………………………」


「そもそもだ! この私が一体何をしたというのだ? 人間を襲ったことなんてないし、そんな命令だって出していないぞ。町を滅ぼしたことも、国を滅ぼしたことも一度も無い!」
「いえ仕事してないって威張らないで下さいよ……ですが魔王様、先日はこの近くに隕石を降らしていたでしょう。人間達の間では、国を滅ぼす前触れだとずいぶん騒ぎになっているようで」
「あぁあれか。温泉に浸かりたかったのだ。温泉は美容と健康にいいからな。ほら見ろ、おかげで玉のような肌がますます美しくなったぞ」
「最近この辺りが雨ばかりなのも、もっぱら魔王様の仕業だと」
「紫外線は肌に悪いからな。太陽なんて邪魔なだけだ」
「また先日は、とある村で一晩にして出荷用の果物が無くなったとか」
「おお、イチゴのことか。あれはいいぞ、ビタミンCが豊富で美肌になれるのだ。私は一日三百粒食べることにしている」
「そうですか……」
「おまえにはやらんぞ」
「いりません」


「どうだ! 私の実力を思い知ったか!」



「さあ魔王、出てこい! おまえを倒すのは、この私だ!」


「そういえば最近知ったのだが、蜂蜜も肌にはいいらしいのだ」
「へぇ、そうですか」
「何でも、約190種類の天然成分が含まれているそうでな、その中には美肌成分がたっぷり入っているというのだ。どうだ、惹かれるだろう!?」
「そうですねー」
「何だその気の無い返事は! 美しさにおいて肌というのがどれほどの重要ポジションになっているのかわからないのか? 例えで言うのなら、角のない魔王のようなものなのだぞ! 私から角が無かったらどうなる! それではただの絶世の美青年ではないかっ!」
「………………酸性雨にあたってハゲちゃえよ」
「何か言ったか!?」
「いえいえとんでもない」


「魔王よ、どうした! 私の実力を知って臆したか! この、卑怯者め! 姿を現せ!!」



  



(09.11.12 UP)