セシリアの道化師


3.王都の宿屋
翌朝、あたしが目覚めると、もう隣にローランドの姿は無かった。
広い部屋。広いベッド。明けられたカーテンから差し込む朝日は目に眩しい。今までに無いほど、あまりに爽やかな朝の目覚めに、一瞬ここが娼館なんだってことも忘れそうになってしまう。
いや、もしかしたら、本当に昨日のことは夢だったりして。ローランドなんて妙ちくりんな男は存在してなくて、疲れたあたしの頭が勝手に見せた夢だったりとか。
「あぁ、おはようございます。よく眠れましたか?」
ドアが開いて、片手に料理の乗った盆を、片手に服を抱えたローランドが颯爽と部屋に入ってきた。
……うん、夢なわけないってわかってたんだけどね。ほっとしたのか落胆したのか、自分でもよくわからない。一日辺り銀貨一枚って報酬はそれはもう魅力的ではあるんだけど、心の底から喜べないのはどうしてなんだろう。ローランドが嘘をついてるとは思えないのに。
アホなのかそうでないのかわからない、この性格の所為かもしれない。相手をするのが疲れるというか。無駄な気力を使ってる気がする。今だって、にこにこと微笑んであたしに服を差し出すローランドが、何を考えているのかちっともわからない。でも、何も考えて無さそうな気もする。ものすごくする。
「おはよ」
「とりあえず、この服に着替えて頂けますか? そうしたら朝食にしましょう」
机の上に盆を置くと、ローランドは今入ってきたばかりのドアからまた姿を消してしまった。
どこに行くのよ、と思ったのは一瞬。着替える時には席を外すとか何とか、昨日言っていたことを思い出す。服を破いた相手でなければ、礼儀正しいと思うところなんだけどなぁ。
あんまりローランドを待たせるわけにもいかないしと、ベッドに上に座り込みながら、あたしは渡された服を広げてみた。
鮮やかな青色の、キレイな洋服だ。でも、あたしの目を真っ先に引いたのは、その襟元だった。
「れ、レースの飾りっ!」
あぁ、しかも襟だけじゃない、袖にもついてる。
「か……可愛い……」
声が震えた。感動のあまり、何だか感情のこもっていない、呆然とした声になってしまった。
レースの飾りのついた洋服だなんて、どれだけ夢見たことだろう。あたしだけじゃない。女の子なら、だれだって夢見るはずだ。可愛らしいレースで飾られた洋服。それにぴかぴかの靴とか。ハンカチって物も、一生に一枚でいいから持ってみたい。ローランドから賃金を貰ったら、もしかしたらハンカチだって買えたりするんだろうか。
空腹の足しにならないことなんてわかってる。でも、それでも心がときめくんだから仕方ない。
女の子ってのはそういうものなのよ。あぁもう、レース可愛い可愛い可愛い! 頬ずりしちゃう!
「……あの、どうかしましたか? サイズが合いませんか?」
ドア越しに聞こえてきたローランドの声に、あたしははっとしてレースから頬を離した。
「あ、うん、大丈夫大丈夫!」
「そうですか」
我に返ったあたしは、慌てて寝巻き着を脱ぎ捨てる。そうして、恐る恐る青色の服に腕を通した。丁寧にボタンを嵌めてから、身体を動かす。少しばかり緩いけど、別段支障はない。
襟元にそっと触れれば、笑みがこぼれて仕方なかった。父さんにも見せてあげたいな。きっと驚くに違いないのに。無事役目を終わらせたら、この服くれたりしないかなぁ……。
「もう入ってきていいわよ」
ゆっくりとドアが開いて、ローランドが再び部屋に入ってきた。
あたしの姿をまじまじと見つめる。そうして、浮かべた笑みをさらに深めながら頷いた。
「あぁ、やっぱり。僕の見立ては当たっていました。あなたには、青色がよく似合うと思ったのです。瞳とお揃いの色で……自分の瞳の色は、もちろんご存知ですよね?」
「そのぐらい知ってるわよ。バカにしてんの?」
「いえ、髪の色をご存知ではなかったので……」
だって汚れて違う色になってたんだから仕方ない。瞳の色は汚れて変わったりなんてしないけど。
長く垂れた、目新しい色になった自分の髪を、一房つまむ。ローランドのような金色ではない。でも、赤毛でもない。その中間とでも言おうか。何とも中途半端な色だった。今まで土色だとばかり思ってた自分の髪が、こんな妙な色だなんて知らなかったから、何だか妙な心地だ。自分の髪じゃないような気がしてくる。
「せっかくですので、髪を結ったらいかがですか?」
「一つにまとめろってこと? あんたみたく」
ローランドは、首の後ろで金髪を緩く結んでいる。男にしては長い髪は、肩下ぐらいはあるだろうか。
あたしの髪も、今までほったらかしにしていたから、ずいぶんと長い。背中、ううん、腰ぐらいまであるかも。ローランドぐらい短く切ったら、ずいぶんすっきりするんだろうな。
「いえ、僕のようにではなく、普通の女性らしくということなのですが」
世の中のお金に困っていない女の子達は、ずいぶんと髪の毛を複雑な形にしている。それはあたしだってわかる。可愛いと思って、眺めたことは一度や二度じゃない。
「毎日のパンにも困ってたのに、呑気に髪を結う暇があったと思ってるの?」
きっとこいつの中の女の子ってのは、みんなキレイに髪を結い上げるのが普通なんだろう。でもあいにくと、あたしはその中には入らない。入れない。
呆れるかな、と思ったけど、それとは正反対にローランドはにっこりと微笑んだ。朝日の中で見るその笑顔は、なおさら輝いて見える。
「わかりました。では、僕が結いましょう」
「へ?」
「どうぞどうぞ。そこへお掛け下さい」
そこ、と指されたのは、あたしがついさっきまで寝ていたベッドだった。そういや、ローランドはいつから起き出してるんだろう。あたしよりずいぶんと早起きなことは確かだけど。
背中を押されるままに、あたしはベッドに腰を下ろした。ローランドは、部屋の隅にあった小さな物入れからブラシなんかを探し出すと、どこかわくわくとした表情で隣に座り込む。あたしの髪を梳かしながら、調子っぱずれの鼻歌なんかが聞こえてくる。あー、天使みたいな完璧な笑顔を浮かべながら、音痴ってのは止めてほしいな……。
しつこいほどに髪を梳かされながら、どうしてローランドのされるがままになってるんだろうとふと思う。
でもすぐに、あたしは一応ローランドに雇われてる身なんだし、これも仕方ないことなのかなと思い直す。婚約者の振りをするんだから、身なりはもちろん大切だってことだろう。
ぼんやりしている内に、お腹がすいてきた。机の上に乗った料理に、どうにも視線が行ってしまう。
「動かないで下さい」
顔の向きを正された。視線だけでなく、顔ごと動いていたらしい。
「ねぇ、まだ? お腹すいたんだけど」
「もうちょっとです。大丈夫ですよ、食事は逃げませんから」
「あたしのお腹は空いてく一方なんですけど」
「それも大丈夫です。空腹を覚えるのは生きている証拠ですから」
いやそりゃそうだけどね……。
スケールがでかすぎるというか。生きてる証拠だなんて言われたら、反論もできなくなってしまう。
「さあ、できましたよ」
それから少し経って、ようやくローランドはあたしの髪から手を離した。ぺたぺたと自分の頭を触るあたしを見て、ローランドは机の上の鏡を取って手渡してくれた。
両耳の上で作った三つ編みを、後ろに持っていて一まとめにしているのがわかった。その後ろの部分も、何だか複雑な編み方をしているらしいんだけど、さすがにそこまでは見えない。
「お気に召しましたか?」
「……うん」
すごい可愛い。
なんて、自分を褒めるみたいで言えなかったけど。
胸が熱かった。レースの飾りに、こんな可愛い髪形だなんて。一気に自分が、何だか素敵な女の子になったような気がした。もちろんそんなのは錯覚だけど。
今のこのあたしを見ても、父さんはすぐには気づかないんじゃないのかな。そんなことを想像すると、少し笑えた。
「あんた、器用なのね」
素直にお礼を言うのは気恥ずかしくて、あたしは鏡から視線を逸らしながら言う。我ながら本当に素直じゃないと思う。
「髪を結うのは得意なのです」
自慢げな態度だった。男として、それは誇れる特技なのかどうかは疑問だけど、まあ本人がそう言うのならいいのだろう。
ちょっぴり冷めた朝食を二人で取って、少し休憩をしてから、部屋を出ることになった。ローランドの泊まっている宿屋に移るのだ。
「もう主人に話はつけていますから、大丈夫ですよ」
あたしを安心させるようにローランドは微笑む。
何と答えていいのか、あたしにはわからなかった。あたしなんかを引き取るために、ローランドはあの女に一体どれだけの金を渡したんだろう。気になったけど、まさかそんなことは聞けない。案外少なかったりしても何だか腹立たしいし。
「さあ、行きましょうか」
ローランドはあたしに手を伸ばす。
手を繋げってこと? 心底嫌ってわけじゃないけど、なるべくなら必要以上に触れ合いたくはない。だって、一晩同じ部屋で過ごしたとはいえ、よく知りもしない人だし。頬にキスもされたし。
「あぁそうだ。とても今更なのですが」
「何よ?」
「あなたの名前を、まだお聞きしていませんでした」
そういえばそうだった。
聞かれなかったから名乗らなかっただけなんだけど。一晩経ってから名乗るのも、何だかすごく間抜けだなあとあたしは思う。
「ネッティよ」
「ネッティ、ですか。とても可愛い名前ですね。あなたにぴったりです」
あたしはあやふやに笑う。名前に可愛いも何もあったもんじゃないと思うんだけど。
「では行きましょうか、ネッティ」
もう今じゃ、父さんしか呼ぶ人のいないその愛称で呼ばれるのは、この上もなくこそばゆい気持ちだった。同時にちょっと、申し訳なくもなるような。
行き場のないあたしの右手を、ローランドは自然に取るとドアを開けた。
不思議と、振り払おうとは思わなかった。


*


金持ちの坊ちゃんだから、てっきり店を出てすぐに辻馬車を捕まえるのだとばかり思っていたけど、ローランドはあたしの手を引いたまま歩き続けた。
「多少距離はありますが、天気もいいですし、散歩がてら歩くのもいいでしょう」
まあ、そう言うのならそれでも別に構わない。夜道ならともかく、確かに晴れ渡ったお日様の下を歩くのは心地よい。キレイな洋服を着ているとなればなおさらだ。
それにしても、ずいぶんと機嫌が良さそうだなと隣を歩く男を見上げながら思う。わくわくしているというか。でも、その理由はすぐにわかった。
「それにしても、王都はやはり人が多いですね。まだ朝早いというのに……」
「あんた、ここの人間じゃないの?」
きょろきょろと辺りを見回していたローランドは、あたしの声にこっちを向いた。楽しげに、その琥珀色の瞳が煌いている。
「えぇ。田舎者ですよ」
「王都に来たのは初めて?」
「いえ、仕事でもう何度か来ています。でも、こうして街中をゆっくり歩くことはなかったので、とても新鮮なのです。やはり、活気が違いますね。それに、色々な店があって楽しそうだ」
後半は、あたしにと言うよりは、独り言みたいだった。やっぱり辺りにきょろきょろと視線をやりながら歩くローランドは、盗人にとっちゃ絶好のカモだろう。財布をすられなきゃいいんだけど。
「どっから来たの?」
「セシリアですよ」
田舎でしょう? と、ローランドは視線で伝えてくる。それはわかったけど、あいにくあたしの頭の中には、セシリアなんて単語は入っていなかった。どこだそれ。
「あのお菓子、美味しそうですね」
ローランドは、店先で子供が頬張る揚げ菓子を見ながらにこにこと言う。食べたいなら食べればいいのに、そう言おうと思った時には、ローランドはもう違う所を見ていた。本当に、王都の街中が珍しくて仕方ないらしい。まるで物見遊山にきた旅行者みたいだ。
確かに、目移りする気持ちはわかるけど。ローランドに手を引かれたまま歩きながら、あたしも釣られてあちこちに視線を向けてしまう。
あたしは生まれも育ちも王都だけど、一言に王都と言っても、その広さはずいぶんなものだ。あたしの暮らしていた辺りから、宿屋だと騙されて連れて行かれたあの娼館までは、馬車でもけっこうな距離があった。歩きとなればなおさらだろう。ここから自分の家までどうやって帰ればいいのかも、あたしにはさっぱりわからない。そのぐらい王都というのは広い。何せ、王様のいる都なのだ。
急に、父さんのことが心配になった。仕事も首になった父さん。どうせ新しい仕事が見つかってるわけもないし、今頃どうしてるんだろう。
多少は手元にお金もあるだろうし、飢えてるってことはないだろうけど……父さん一人なら、あと数日ぐらいは何とか持つはず。それに、妙に女ウケする人だから、もしかしたら周りのおばちゃん達から食べ物を恵んでもらったりもしてそうだ。頼りない割には生命力には溢れてる人だから、あたしが帰宅した時に白骨化してるってことはないはず。
何日分かの賃金が手に入ったら、一度家に帰るとかってダメなのかなぁ。ここからどう家に帰ればいいかもわからないけど。
「後で一緒に、街中を散策しませんか?」
ローランドは、お気楽極まりないことを言うし。
「……いいわねー、お金に困ってない人って」
ただのやっかみだ。わかってる。でも言わずにいられなかったあたしに、ローランドは生真面目な顔で言い返してくる。
「お金には困っていませんが、婚約者の件では非常に困っていますよ」
「……いや、それは知ってるけどね」
「それで、いかがですか?」
「は? 何が?」
「後で一緒に散策して頂けるのでしょうか?」
さっきの台詞は、まだ続いていたらしい。
「え、そんなの、一人ですれば?」
「……一人で歩いてもつまらないでしょう」
拗ねたようにローランドは言う。あたしとそんなに年は変わらないみたいだけど、それでも大人の男がする顔じゃないだろう。もうちょっとしゃきっとできないんだろうか、こいつ。
これが父さん相手だったら、容赦なく背中をぶっ叩いてやるんだけどな。さすがにローランド相手だとそうもいかない。いや、昨日はつい打っちゃったけども、それはさておいて。
「あー、はいはい、覚えてたらね」
適当に流そうとするあたしに、ローランドは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。僕が覚えてますから」
「いやそうじゃなくてね」
「あぁ、ここですよ。僕が今泊まっている宿屋です」
唐突にローランドが足を止めたものだから、あたしの文句の言葉は出口を失った。くそ、タイミング見計らってたんじゃないだろうな……。
見上げてみれば、そこは大通りに面したどでかい宿屋だった。道には何台もの馬車が停まっていて、着飾った貴婦人や紳士達が次々と宿屋に入っていく。もしかして、貴族なんかもいたりするんじゃないだろうか。急に心臓が騒がしくなった。
あ、あたしみたいな貧乏人が入ってもいいんだろうか。お偉い人たちしか泊められないとか、そんな決まりがあったりするんじゃいのかな。あたしだけ摘み出されたりとかしたらどうしよう。
怖気づきそうになるあたしの手を引いて、ローランドは颯爽と宿屋のドアを開ける。受付に向かうのかと思いきや、ローランドはそのまま階段を上ってしまう。
「元から、二人部屋を取ってありますので」
用意周到な奴。
それだけ婚約話を蹴りたいってことなんだろうけど、それだけ嫌がられる相手っていうのもどんな人なんだろう。変な興味が沸いてくる。
幸いなことに、宿屋の主人に摘み出されたりはしなかった。途中廊下ですれ違った宿屋の客も、あたしに視線一つ投げかけなかった。そっか、こんな立派な服を着てるから、だれもあたしのことをその日のパンにも困る貧乏人だなんて思わないのだ。以前のままの服だったら、きっと入ったとたんに追い出されたに違いないのに。
部屋が何十室とありそうな、それはもうでっかい宿屋だった。
そのことにびっくりしながらも、こんな宿屋で働けると騙されたことを思い出せば、何だか複雑な気持ちにもなる。
奉公に来たわけじゃないけど、あたしは今、昨日思い描いた通りの宿屋にいる。神様もずいぶんと意地悪なもんだわ。
「この部屋です。どうぞ」
ドアを開けると、ローランドはそう言ってあたしを先に部屋に入れてくれた。
だだっ広い部屋だった。娼館のあの部屋だって、十分広いと思ったけど、その倍以上の広さがある。これだけで、あたしの家がいくつも入りそうだ。
「どうぞ。好きにお座り下さい」
「えぇ、どうも……」
上品な家具の数々。壁には絵画まで飾られている。続き扉があるところを見ると、向こうが寝室なんだろう。寝泊りするための宿屋で何部屋も使ってるだなんて、どれだけ贅沢な部屋なんだ。
もしかしたら、あたしが思ってる以上の金持ちなのかもしれない。
そう思って振り返るあたしに、ローランドは今度は部屋の中をきょろきょろと見回している。えぇい、落ち着きのない奴。
「あれ、おかしいな。クインはどこに行ったんだろう」
「クイン? あんたの飼ってる犬?」
「いえ、僕の従者です。ここで待ってるようにと言ったのですが……」
言いながら歩くと、ローランドは続き扉を開ける。けれど、そのクインとかいう従者は見つからなかったのか、すぐに顔を引っ込める。
「まあ、お腹が減ったら帰ってくるでしょう」
それこそ、犬みたいなことを言う。
心配してるんだかしてないんだか……。いやまぁ、ローランドの従者なんだから、あたしがどうこう言うことではないけど。
「探しに行かなくていいの?」
「この広い王都を探し回っても、見つかるとは思えません。ここで待っている方が確実ですよ。それはそうと、今後のことについてお話したいのですが」
あたしは急に緊張する。そうよ、その従者のことなんかより、あたしにはもっと考えなきゃいけないことがある。
ローランドと向かい合うようにソファに座る。
「とりあえず、あなたには、僕の婚約者として相応しい立ち振る舞いをして頂かなくてはなりません」
「人前で殴ったりしちゃいけないってことよね」
「いえ、あの、そういうことではなく……もちろん殴ってもらいたくもないのですが。言葉遣いや礼儀作法、食事マナーなど、そういったものをまず覚えて頂きたいと思います」
「…………へ?」
あたしは、多分、ものすごく間抜けな声を返していたんだと思う。
「婚約者として振舞って頂くのですから、そのぐらいは当然です」
ローランドは、きっぱりとそう言ってくれる。
「……え、だって、婚約者って言っても、一時しのぎなわけでしょ? 何もそんな、めんどくさいことをしなくても……」
「確かに一時しのぎですが、ほんの一時顔を合わせて、それで納得して頂けるとは思いません。いえ、彼女に限ってはその可能性も十分にありますが……僕の両親も納得させて頂かないと困りますし。そうなれば、それなりの間、婚約者の振りを続けて頂かないと。食事の席に招かれることだって十分に考えられます」
「―――――」
うわぁ。
引き受けなきゃ良かったかも、と、あたしは心の底から思った。
婚約者の振りって言っても、ほんの一日や二日、「あたし達愛し合ってるんです」って素振りを見せつけりゃいいものかと思ってたんだけど、お金持ちの婚約ともなるとそうはいかないってことなのだろうか。
「万が一にも、あなたがその、僕と釣り合わない身分だとわかれば、彼女との婚約話が決まってしまう一方でしょうし……」
えぇそうよね、釣り合わないにもほどがある身分だもの。
もう、好きにすれば? とか言いたくなったんだけど、それを押し留めたのは、一日辺り銀貨一枚っていう賃金だ。
そうよ、そんだけの報酬が用意されてるんだから、礼儀だか食事だかは知らないけど、どんなマナーだって死ぬ気で覚えてみせる。こんな儲け話、もう二度とやって来ないかもしれないんだから。
「どうでしょう。やって頂けますか?」
この後に及んで遠慮腰なローランドに、あたしはどんっとテーブルに拳を叩きつけて見せた。
「かかってきなさいよ。こうなったら、とことんやってやるわよ!」
「……えぇと、ネッティ。とりあえず、その拳は止めて下さい」
早速ダメだしをくらったあたしは、ゆっくりを拳を解いた。
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二人の会話が長すぎて、話が進まない!
とりあえず、ローランドがネッティを名前で呼ぶようになりました。
次はクインを出したいなーと。
(09.04.20)
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