セシリアの道化師


6.仕立て屋
「少し街中を歩きましょうか」
ローランドがそう言ったのは、お昼を食べて少し経った頃のことだった。
ずいぶん疲れた顔をしていたから、きっと、あたしの貴婦人教育(と、ローランドは言っていた)にも疲れてきたのだろう。教わっている立場でこう言っちゃ何だけど、本当にローランドは無駄なことをしているような気がする。あと一年歩き方や喋り方や笑い方を教わっても、あたしはとても立派な貴婦人にはなれそうもない。生まれ変わりでもしない限り無理だって、本当。
「クイン、おまえも少し休んで構わないよ。朝にちょっと見て回ったけど、この辺りは楽しそうな所だね。おまえも買い物でもしてくるかい? あぁそうだ、小遣いでもやろうか」
「結構です、ローランド様。それより、外に行かれるのでしたら、僕ももちろんお供します」
懐を探っていたローランドは、とたんに嫌な顔になった。やれやれとため息をついてから、クインに視線をやる。
「おまえの忠誠心は非常にありがたいと思っているんだよ、クイン。でもね、主人が婚約者と二人で出かけるっていう時ぐらい、少しは気を使ってくれてもいいだろう?」
「あのね、もう何度も言ってるけど、婚約者じゃないから。振りだっつーの振り!」
「こんな女と二人で出かけて、何かあったらどうするつもりなんですか!」
あたしとクイン、二人の台詞は見事なまでに重なった。
……っていうか、あたしと出かけたらどうなると思ってるんだ、このクソガキは。
「クイン。僕の婚約者に対して、その口の利き方はどうなのかな」
ローランドが口を開くのがあと少し遅かったら、あたしの蹴りが炸裂しているところだった。
っていうかまあ、その婚約者って単語にも突っ込みを入れたくて仕方ないんだけど。でもとりあえずは、クインが悔しそうに黙った様子を見てあたしはほくそ笑む。やーいやーい。べろを出してやれば、クインは思い切りあたしを睨みつけてきた。へんっ、あんたみたいなガキに睨まれたって、怖くなんてないもんねーっだ。
「ネッティ。淑女は舌を出したりしませんよ」
クインがぷっと吹き出した。このやろ。
「じゃあ何よ。淑女とやらは、ざまあみろって気持ちの時には何を出すのよ」
「淑女は、ざまをみろなんて言葉は口にはしませんよ。えぇ、直接的には」
「え、なに、直接的にはって」
「女性は恐ろしいのですよ」
そんなことを、女であるあたしに言われても困る。
「あぁ、大丈夫です。ネッティには、そんな女性らしい恐ろしさは感じませんから」
フォローのつもりなんだろうか。ローランドはあたしの顔を見つめて微笑む。花みたいな麗しい微笑みだけど、言ってる内容は喜んでいいのか非常に困るものだ。それって、暗にあたしが女らしくないって言ってるわけ? なんか、クインが非常にむかつく顔をしてるんだけど。
「だから、あなたを選んで良かったと思うのですよ」
昨日、今日の付き合いだっていうのに、何を言ってるんだろう。
何とも目出度い坊ちゃんだ。人を疑うってことも知らないのかもしれない。
頭の半分でそう思っても、でも、残りの半分でかすかに嬉しいと思う。そんなあたしも、十分お目出度いのかもしれない。あれかな、銀貨一枚で浮かれてるのかも。
あたしの手を引いて、ローランドは部屋のドアに手をかける。
「ローランド様、蹴り飛ばされないよう、十分お気をつけ下さいね!」
ドアを閉めながら、聞こえてきたその声に、帰って来たら蹴り飛ばしてやるとあたしは拳を握った。


「すみません」
「は?」
人ごみの中を歩きながら、聞こえてきたその声に、あたしは顔を上げた。
うんと顔を上げないと、ローランドとは視線が合わない。頭の位置がずいぶんと離れているからだろうか、人ごみの中だと声が聞き取りにくい。
「クインのことです。あなたには、ずいぶんと失礼な態度を取ってしまっているようで」
そりゃもう失礼極まりない態度だけど。
でもまああたしも蹴り飛ばしたことは事実だし、年下の子相手に本気になって怒るのは少しみっともない。いやもう十分怒ってはいるけど、でも、あんまりあからさまな態度に出るのはさすがに大人気ないってものだ。やられたらやり返すけど、ここで告げ口みたいなことをするのはフェアじゃない。
「別にいいわよ。気にしてないし」
まあ、嘘だけど。
「そう言って頂けると助かります」
ローランドはふわりと微笑む。そのあまりの眩しさに、あたしはぱちぱちと瞬きをする。男なのに、そんな笑い方をするなんて反則だ。
「クインは、どうもまだ若いもので。やる気が有り余っているんでしょうね。まあ、だれにでもそんな時期はあるものですが……若いというのも良し悪しですね」
「あんたも若いくせに何言ってんのよ。大して変わらないでしょ?」
一人で爺さんみたいなこと言っちゃって。
でも、見上げるあたしに、ローランドはきょとんっと目を丸くした。
「大して変わりません、か」
そうして、おかしそうに笑う。ちょっと、何なのよ。
「え、だってそうでしょ? あんた幾つよ?」
「さあ。幾つに見えますか?」
質問に質問で返すのって、すごくずるいと思う。だって、こっちはわからないから聞いてるのに。
問われたあたしは、まじまじとローランドの顔を見つめた。今日も金髪を緩く首の後ろで結んでいる。多分、これがこいつのいつもの髪型なんだろう。琥珀の瞳は、今は面白そうにあたしを見つめ返している。
どう見ても、二十歳になっているようには見えない。頼り無さそうな雰囲気も含めて。
「十八か、十九ぐらい?」
「あぁ、そうですか」
右手で口元を押さえて、ローランドはくすくすと笑う。笑ってる本人は楽しそうだけど、こっちは全然楽しくも何ともない。
笑ってるってことは、あたしの予想は外れたってことなんだろうか。もしかして、うんと年上だったりして? もう三十路とか。うわ、嫌だ、こんな三十路って。
「笑ってないで教えなさいよ。幾つなわけよ?」
「まあ、僕の年齢はさして問題ではありませんよ」
「問題ではないけど気になるでしょ!」
「あなたよりは年上だと思いますよ。……ネッティはお幾つですか? と、聞いてもいいのでしょうか。失礼でしたらすみません」
今まで年齢を聞かれるのに、失礼も何も言われたことはない。まだそんな年じゃないし。若くても、その辺りを気にするのが貴族の礼儀なんだろうか。何てめんどくさい。
「十六よ」
「えっ」
ローランドは驚きのあまり足を止めた。……って、ちょっと待て。
「本当ですか? 本当に、十六歳なのですか?」
何であたしの年齢でびっくりされなきゃならないんだろう。立ち止まったあたし達の横を、邪魔そうに人々は通り抜けていく。
「えぇ、正真正銘生まれてから十六年経ってるわよ。今年の誕生日で十七よ。何よ、あんた、あたしのこと二十歳過ぎだとでも思ってたわけ?」
「いえ、逆です。背が低いので、まだ十三ぐらいかと……」
相手がローランドでなければ、嫌味かと思うところだ。ついでに言えば、蹴りの一つや二つ入れてるところだ。
確かにあたしは背が小さい。こうして立っていても、ローランドの胸にやっと頭の先っぽが届くかどうかというところだ。だから、こうやってうんと顔を上げないとろくに視線も合わない。
でもそんなの仕方ないだろう。毎日毎日お腹を減らす生活で、どうやったらにょきにょき背が伸びるんだ。美味しい物ばっかり食べてるお貴族様とは違うんだっつーの!
「悪かったわねぇ、背が小さくて。まあ老けて見られるよりは若く見られる方が全然嬉しいけどねー」
「あの、ネッティ、全然顔が笑っていませんが」
「うっさい。つーか何よ、じゃああんた、十三の子供を婚約者代わりにしようとしたわけ? ロリコン?」
「ロリ……? いえ、この際あまり年齢は気にしていられなかったので。それに、貴族の結婚ともなれば、十三歳で婚約というのもさして珍しい話ではありませんから。先物買いは得意だとか何とか言えば、まあ納得してもらえるかなと」
さらりとローランドは言うと、再びあたしの手を引いて歩き出した。
十三歳で婚約が珍しくないって。話を聞けば聞くだけ、貴族の生活っていうのはわけがわからない。十三歳って、だってまだ子供じゃないの。そんな年で婚約だなんて信じられない。それも多分、恐らくは好きでもない相手とだなんて。あたしなら絶対に嫌だ。
「でもそうですか、十六歳だったのですか」
噛み締めるように、ローランドは呟いている。
「残念だったわね、十三歳の女の子じゃなくて。今からでも遅くないから、もっと若い女の子に乗り換えたら?」
「大丈夫です。ネッティは、そのままで十分僕の理想の女性ですから」
その返事も何だかおかしいと思いつつも、あたしは好奇心に負けてしまった。いや、好奇心というのとも違うかな。怖いもの見たさにも似た気持ちだった。
「…………一応聞くけど、あんたの理想の女性像ってどういうの?」
「小柄で可愛らしくて、守ってあげたくなるような女性です」
「……………………いや、さぁ」
確かにあたしは小柄だけど、守ってあげたくなるかはどうかなあ。少なくともあたしが男だったらならないと思うんだけどな。
やっぱりこいつはおかしい。あたしを見て守ってあげたくなるとかどんだけよ。自分で言うのも虚しいけど。
「言っておくけどあたし、そこらの男よりかはよっぽど喧嘩慣れしてるわよ」
あの娼館にいた、見るからに鍛えた屈強な男なんかには勝てっこないけど、クインぐらいには余裕で勝てる。もしかしたら、ローランドにだって勝てるかも。だってこいつ、どうみても弱っちそうだし。
それに大抵の男は、あたしを見て油断する。だからそんな男には、股間に思い切り蹴りを食らわせれば何とかなる。これぞ先手必勝ってやつだ。
「大丈夫ですよ。何かあったら僕が必ず守りますから」
宝石みたいな琥珀の瞳が、じっとあたしを見つめる。
ほんの少しもときめかないかって言われれば嘘になるけど、でもやっぱり、呆れる気持ちの方がずっと大きかった。
「その剣で戦ってくれるとでも言うわけ?」
腰にさしてる件を指差す。そうしてる様は似合ってるけど、ローランドがその剣を握っているところは想像できない。
「いえ、剣技は得意ではないのです」
「じゃあ何が得意なのよ」
「逃げ足は速いです」
「…………あっそ」
何かもう、一々突っ込むのも疲れてくる。男なら、そこでちょっとかっこつけたことぐらい言ったらどうなんだ。本当、そんな見栄なんて張ることすら知らないってところが父さんに似ていて嫌になる。あたしの周りにはそんな男ばっかり集まるみたい。
あーあ、父さん元気かな……。
「あぁ、ちょうどいい。ネッティ、ここに入りましょう」
急にローランドは立ち止まると、目の前の店にあたしを連れて入って行った。カランカランと、ドアベルの音が妙に明るく店内に響く。
「ちょっと、いきなり何……」
「仕立て屋ですよ」
びっくりするあたしに、ローランドは小さく笑いかける。
落ち着いた色でまとめられた、お洒落な店だった。繊細な織物のかかったソファが窓際に置かれて、日差しを受けてとても暖かそう。そして、あちこちに花が飾られている。仕立て屋、と今ローランドは言ったけど、服も布もどこにも見当たらない。不思議に思って辺りを見回すあたしは、木目のキレイなカウンターの向こうにいる女性と目が合った。
「いらっしゃいませ。本日は、どんなドレスをお望みですか?」
「婚約者の衣装を一通り揃えたいのです」
「えっ、あたし?」
てっきり、ローランドが自分の服を買いに来たんだとばっかり思ってた。
「えぇ、そうですよ。今服が必要なのは、僕ではなくあなたの方でしょう」
あたしの耳に唇を寄せて、ローランドは囁く。でも、意味がわからない。
「だって、服ならあるわよ。今着てるじゃない」
「……その一着しかありませんが」
疲れたようにため息をつくと、ローランドはいつもの笑顔を女主人へと向けた。よくわからないけど、ローランドの好きにさせておこう。こいつの金なんだし、あたしが口を挟むところではない。
いくつか言葉を交わすと、女主人はいったん向こうの扉へ引っ込み、しばらくしてからたくさんの布を抱えて戻ってきた。カウンターの上に広げられた布を見て、あたしは目を丸くした。横で、ローランドが小さく笑うのがわかってむっとする。
「まずはシュミーズの布地ですが、こちらのモスリンはいかがでしょう?」
キレイな黒髪を高く結い上げた女主人は、あたしにそう微笑みかけてくる。けど、あたしには何が何だかさっぱりわからない。曖昧に笑っておくと、代わりにローランドが返事をしてくれた。そうして、とんとん拍子で話は進んでいく。
これまた女主人が持ってきたスケッチを、ローランドは興味津々に覗き込んだ。
「ネッティ、どうぞお好きな物を選んで下さい」
ローランドはそう言ってくれるけど。
選んで下さいって言われても……次から次へと現れるデザインに、あたしの頭は早くもパンクしそうだった。何十枚も続けて見れば、もう最初のデザインなんて忘れてる。選びようがない。
「お好きな物はありませんか?」
「え、だって……これ、着るのあたしなんでしょ?」
一通り眺めただけで何だか疲れた。もちろん、と頷くローランドに、あたしはうんざりとする。だって、こんな煌びやかなドレスが似合うわけない。笑われるのがオチだ。
「いいわよ、こんなドレスなんて。お金がもったいないでしょ」
着る物にはとりあえず困ってない。似合いもしないドレスを作ってもらう必要なんて無いのだ。無駄な金を使おうとするローランドには呆れてしまう。
なのにその当の本人は、自分こそが呆れるような顔をして、あたしの肩を引き寄せた。って、何するんだ。
「何を言うんですか。あなたを着飾らせるのは僕だけの特権なんですよ。お願いですから、そんなことを言わないで下さい。今のままでの十分可愛らしいですが、美しく着飾ったあなたを連れ歩きたいのです」
チビなあたしと視線を合わせるために、腰をかがめてローランドは囁く。長い前髪の間から覗く琥珀の瞳は、切実な色を宿してあたしを見つめている。
「まあ」
なんて、あたしが言うわけない。声を上げたのは、まだ若いこの店の女店主だ。
「僕の我侭を聞いて下さい」
垂らしたままのあたしの髪を手に取ると、ローランドはそっと唇を寄せた。それを眺めながら、あたしは小さく震えた。だから、どうしてこいつはあちこちにキスをするんだ……!
すかさず振り上げた右手は―――ううん、振り上げる前に、その手はローランドに押さえつけられた。カウンターの向こうにいる女主人には見えなかっただろう。くそ、何てやつ!
「とりあえず、採寸から先にお願いできますか。その間に、僕はいくつかデザインを選んでおきますので。僕の婚約者は、どうにも遠慮深いもので……」
「えぇ、そのようですわね」
全てわかったとでも言わんばかりの態度で、女主人はゆっくりと頷く。何かすごく勘違いしてないか、この人。
「さあ、お嬢様。こちらへおいで下さいませ」
「え、ちょっと……」
カウンターから出てきた女主人は、あたしの腕をゆっくり引くと、どこかへ連れて行こうとする。
思わずあたしは振り返り、ローランドを見てしまった。大丈夫ですよ、とでも言うように微笑まれて、少し安心する。でも同時に、そんな自分が嫌になる。これじゃまるで、ローランドを頼ってるみたいだ。そんなのはダメなのに。
続き扉の向こうの部屋は、壁沿いにいくつもの棚が並び、その中にはぎっしりと色々な布が詰め込まれていた。何十、ううん、何百とありそう。こんだけ色々な布があって、よく一枚一枚を覚えていられるものだとあたしは感心する。
部屋の角にある、カーテンで仕切られた狭い空間に、あたしは女主人と共に入る。
「では、採寸を致しますね」
「え、あ、ちょっと」
そう言ってボタンを外されるものだから、あたしは慌てた。
「大丈夫ですよ。すぐに終わりますからね」
まるで小さな子供を相手にするみたいに微笑まれる。まさかこの人にも十三歳だと思われてるなんてことはないよな……。
慣れた手つきで、女主人はあたしの服を脱がしてしまう。こういう店では普通のことなのかもしれないけど、人に服を脱がされるのには慣れていない。相手が女の人だとわかっていても恥ずかしい。顔が赤くなっているのが自分でもわかるからなおさらだ。
洋服の下には、これまたローランドが用意してきた下着を着ている。真っ白なそれに比べたら、今まであたしが着ていた下着なんてボロ雑巾みたいだ。
「まあ、お嬢様は、とても細くてらっしゃいますのね」
身体のあちこちを測る女主人は、目を丸くしながらしげしげとあたしを眺めている。
細いっていうか、痩せぎすなだけなんだけどね。ローランドと出会ってから、毎日お腹いっぱい美味しい物を食べてるけど、すぐにお肉がつくわけじゃないし。でも、婚約者の振りが終わる頃にはどうだろう。
「確かに細いウェストは魅力的ではありますけど、お嬢様はもう少しふくよかになられた方が、ずっとお美しくなると思いますわ」
「はあ……」
「女性の魅力は、細さだけではありません。元気なお子様を産むためにも、多少のふくよかさは必要なものですわ」
ねえ? と、女店主は女同士の微笑みをあたしに向ける。
「とても素敵な婚約者様ですのね。あんなに素敵な男性にお会いしたのは初めてですわ。それに、とてもお優しそうで」
お優しいことは確かだけど、素敵かなあ、あいつ。あたしにはどうしようもないほど頼りなく見えて仕方ないんだけど。
まあ、顔だけ見てればそう言えるかもしれない。口を開かなきゃっていうか。
あたしが愛想笑いをしている間に、女主人はてきぱきと採寸を終わらせて行った。再び服を着てから部屋に戻る。
カウンターに寄りかかるようにして、真剣な顔でローランドはデザイン画をめくっていた。あれからずっと眺めてたんだろうか。よく飽きないものだ。戻ってきたあたし達に気づくと、ローランドはすかさず笑顔になる。
「お帰りなさい、ネッティ。いくつかデザインを選んでおいたんですが、これなんていかがでしょう?」
一枚のデザイン画を、ローランドは自信に満ちたにこやかに見せてきた。
深く開いた襟ぐりには、繊細なレースが付けられている。そのレース飾りは裾までずっと続いていて、胸元には薔薇の花が飾られている。袖口はふんわりとしていてすごく可愛いけど、子供っぽくはない。
「これを、あなたの瞳とお揃いの、サファイアブルーの生地で作れば、とても素晴らしいドレスになると思うのです」
「えーっと、あんたが着るの?」
「どうして僕がドレスを着るのですか」
だってあたしより、よっぽど似合いそうなんですけど。
と言うよりも、むしろあたしにこんな立派なドレスが似合うとは思えない。無理だって本当。何でよりによって、こんな可愛いドレスを作ろうって言うんだ。こいつの趣味か?
呆然とするあたしに構わず、ローランドは他にも選んでおいたデザイン画を女主人に見せながら、これは何色の布でとか、柔らかい生地でとか、この花飾りは違う方がいいとか、そんな細かい注文をあれこれ付け始めた。
あたしはその間、することもなくて、ふらふらと店内を歩き回っていた。途中で気を利かせてくれた女店主が、お茶とクッキーを出してくれたのは嬉しかった。クッキーを全部平らげたあたしを見て、女店主は何か言いたげな顔をしていたけど気にしない。だって、食べるかってローランドにも一応聞いたけど、いらないって言うんだから。
「とりあえず、今すぐに着られるドレスを二、三着頂きたいのですが。何か適当な物はありませんか?」
「えぇ、いくつかありますわ。ただ……」
「何か問題でも?」
「お嬢様のサイズに合うものですと、あまりご結婚を控えた女性に相応しい物とは言えないかと」
回りくどい言い方だけど、何を言いたいかはあたしにもわかった。子供っぽい服しか無いってことなんだろう。あるいは子供の服だったりして。
ローランドは珍しくもちょっと難しい顔をしていたけど、文句を言っても仕方ないと悟ったのか、「それで結構」と短く答えた。何だか、笑ってない顔は別人みたく見える。
女店主が持ってきた服は、なるほど、確かに結婚を控えた大人の女性が着るような服には見えなかった。でもあたしは結婚を控えてなんかいないし、薔薇の飾りがついた豪華なドレスよりも、少し子供っぽくたってもうちょっとシンプルな服の方がずっといい。それに多分、こういうデザインの方があたしには似合うんだろうしな……我ながら虚しいにも程がある。
「では、とりあえずこれを頂いていきます。残りは、二週間後までに届けて欲しいのですが」
「まあ、旦那様。お嬢様を一日も早くお美しくなさりたい気持ちはわかりますけれど、二週間というのはあんまりですわ。せめて、もう一週間は頂きませんと……」
「あまりのんびりもしていられないのです。もちろん、縫い子の休日を奪ってしまう分、お支払いは上乗せすると約束しましょう。それでもご不満とあれば、よその店に行くだけです」
口調はいつも通りやんわりとしているけど、言っている内容は脅しにも似ている。そんなことを言うような奴には見えないのにと、あたしは素直に驚いた。
「……旦那様には適いませんわ」
「そう言って頂けると助かります。数日後に、また仮縫いにお伺いします」
服の入った箱を受け取ると、あたしとローランドは女店主に見送られながら店を出た。
ただの散歩のつもりが、ローランドは大荷物を抱えている。そこに入っているのがあたしの服だなんて、にわかには信じられなくて、まじまじと見つめてしまう。何か変なの。
「初めての仕立て屋はいかがでしたか?」
「いかがでしたかって……何であたしの服なんて作るのよ。今着てるので十分なのに」
スカートをつまんでみせる。レースの飾りが可愛いと感激したこの服だって、さっきのデザイン画を見た後じゃやっぱり色褪せて見える。やだな、何か贅沢が身に染みてくみたい。
「その一着しかなかったでしょう。それをずっと着ているつもりだったのですか?」
「何か問題でもあるの?」
「基本的に、服というのは毎日取り替えるものですよ」
「だからって、あんな何着も頼まなくたって良かったじゃない。しかも高そうな服ばっかり。あんたって、無駄遣いするのが好きなの?」
「……女性に服をプレゼントして、無駄遣いと言われたのは初めてです」
少なからず傷ついたようだった。でも、そんな台詞が出てくるってことは、日ごろ色々女性にプレゼントしてるってことなのかな。話を聞いてる限りじゃ、女運は無さそうなのに。
「それに、その服はもう着て欲しくありません」
普段がのほほんとしてるから、そういうきついことを言われると、少し驚いてしまう。
「何でよ。……この服気に入ってるのに」
「あぁ、いえ。とても似合っています。僕もその点では気に入っているのですが」
「いいわよ、今更褒めてくれなくたって。別に似合ってないし」
「いえ、本当です。そういう意味ではなく……ですから、あのような店にあった服を、あなたに着ていて欲しくはないのです」
人通りの多い道中だからか、ローランドははっきり娼館とは言わなかった。店も開いてない時間だったし、他の娼婦から買い取ってきた服なんだろうなとはわかっていたけど、あぁやっぱりねと納得する。
言われてみれば、あまりいい気はしない。自分からあえて娼婦の着ていた服を着たいとは思わない。だからまあ、確かにローランドの言いたいことはわかるんだけど。
隣を歩くローランドが、情けない顔をしてあたしを見ているから、怒った顔をしているのも何だか可哀想に思えた。怒ってないわよと表情を緩めれば、ローランドはとたんに笑顔になる。ええい、現金な奴。
「……あんたって、何考えてんだかよくわかんない」
何も考えてないようにも見えるし、もしかしたらやっぱり騙されてるんじゃないかって思いも、まだやっぱり捨てきれない。でも、じゃあローランドが何であたしを騙すんだって言われれば、その理由はさっぱり浮かばないけど。
「そうですか?」
失礼なことを言われてるのに、のほほんと笑顔を浮かべたまんまだし。そういうところがわからないんだっつーのに……。
「でも、先ほど仕立て屋であなたに言ったことは、紛れも無い本音ですよ」
「へ?」
さっき仕立て屋でって言われても。
「お腹いっぱいだからクッキーはいらないってやつ?」
「………………いえ」
ローランドは頬をひくっとさせたけど、ぱっと思いついた台詞はそれしか無かったんだから仕方ない。
全く。何だっていうんだ。
back top next
***
ネッティの年齢が判明。ローランドは不詳です。
栄養状態が悪かったので、チビでやせっぽっちなネッティでした。
(09.05.11)
***